【試し読み】孤高の王に真実の愛を~じゃじゃ馬王女は国王陛下に娶られる~

作家:櫻日ゆら
イラスト:八美☆わん
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2021/2/5
販売価格:800円
あらすじ

ベルブルーの王女オリヴィアは、資源を求める敵国から国を守るため大国アルティエの王と政略結婚することに。国王レオは彫刻のように美しい顔立ちだがその眼差しは妃へ向けるものとは思えないほど冷ややかで、否応なしに嫁いだオリヴィアは初夜で彼を拒んでしまう。――「オリヴィア。お前は俺のものだ」そんな彼女を咎めることなく、ふとした瞬間に見せてくるレオの表情に違和感を覚えたオリヴィアは、愛のない政略結婚と知りながら、次第に、突き放そうとする彼の本心が知りたいと思いはじめて……? ※本作品は過去にWEBサイトで配信した内容に加筆修正・書下ろし番外編を加えたものになります。

登場人物
オリヴィア
ベルブルーの王女。母国を守るために大国アルティエの王と政略結婚する。
レオ
アルティエ国の王。美しい顔立ちをしているが、物言いは冷ややかで高圧的な一面も。
試し読み

 第一章 冷たい王の瞳

「ねぇ、お父様。お父様は、どうして争いが嫌いなの?」
 幼い頃、父に問いかけたことがあった。
 私はイタズラが好きで、よく侍女じじょ侍従じじゅうたちを困らせていた。それでも、一度だって父に怒鳴られた経験などなかった。今思えば、私は子供ながらに、父が他国の王とは違うとどこかで感じていたのかもしれない。
「オリヴィア。私はね、この国ベルブルーの豊かな緑が大好きなんだよ。この国はとても小さな国だ。しかし、果実や作物が育ち、民たちが穏やかに暮らしているこの国を私は愛している。だから緑を燃やし、血を流す。そんなことは、叶うなら一度だってやりたくはないんだ」
 父は、私の頭を撫でながら情けない笑みを浮かべた。
「オリヴィア。私は弱い王だが、この国を、民を守るためならなんだってできると思える。この国が私の誇りなんだ」
 先ほどの笑顔とは裏腹に、その言葉は力強く放たれる。
「……私もこの国が好き。だから私も、お父様が剣を握る日など来ませんようにと祈るわ」
 嬉しそうに目尻にシワを寄せる父が、私を抱き上げた。強く抱きしめられると、父の服からは甘い花の香りがする。母が好きなチューベローズの香りだ。
「ありがとう、オリヴィア。私だけでなく、世界中の人々がそうであれるように祈ろう。力でなにかを求めなくてもいい世の中に……」
 強さとは、弱さとは、いったいなんなのだろうか。いくら考えても答えは出なかったが、父のこの香りが、血や火薬に変わってしまうのは嫌だと思った。

 * * *

 慣れない不規則な揺れに耐えながら、私は小窓の外に見え始めた大きな城を眺める。大国を一望できるという塔のてっぺんでは、国旗に描かれた金獅子が気持ちよさそうに空を泳いでいた。
 あの左右の目の色が違う金獅子を見ると、この半年はんねんの記憶が嫌でも頭の中を駆け巡った。
 あんな思いは、もう二度としたくない。
 蘇る苦痛に、私は目を固く閉じた。箱を引いていた馬が悲鳴にも似た声を上げ、同時に揺れが収まる。すると、正面に腰掛けていた、切れ長の瞳が印象的な長い黒髪の男性が声をかけてきた。
「オリヴィア様、到着致しました」
 三夜前、海を渡りはるばるベルブルーまで私を迎えにきたこの男性は、たしかハイセと名乗っていた。
 あの男の側近かしら。
 ハイセが馬車の扉を開ける。私はこちらに差し出された手を取り、もう片方の手でドレスの裾を持ちながら馬車から降りた。
「国王陛下がお待ちです。ご案内致します」
 そう告げた彼の背を視界の隅に捉えながら、そびえ立つ城を見上げる。
 鮮やかな藍色の屋根に、レンガで築造された純白の壁。息を呑むほど美しいのに、それを囲む強固な砦が十分すぎるほどこの国の強大な力を表していた。
 他国からは、この城は世界で最も美しい要塞だと、皮肉めいた呼ばれ方をしていると聞いたことがある。
 間近で見るのは初めてだ。噂通り本当に綺麗。とても、あんな男が住んでいるなんて思えない。
「オリヴィア様?」
 立ち止まっていた私を見つけ、ハイセが振り返った。
「今、行きます」
 私は両手でドレスの裾を持ち、姿勢を正して歩き出す。入口へと続く石畳の上を歩くと、ゲートの左右に立つ門番が私たちの姿を認めて深々とこちらに頭を下げた。
 開けられた扉が軋む音とともに、動いた風に頬を撫でられる。
 大きな扉だ。馬車が二両同時に通るのも、わけもないと思う。
「王座の間は、城の最奥でございます」
 ハイセに返答する前に、私の視界には扉の向こうで次々に身体を折る長い人の列が飛び込んできた。厳粛な雰囲気が漂っていて、思わず言葉を呑み込む。
「オリヴィア様」
 再び足を止めた私に、ハイセが言葉を落とす。
 私ははっとした。しかし、足は重いままだった。
 ここまで来て、往生際の悪い女だと思われているのだろうか。でも、仕方がないじゃない。この城に足を踏み入れるという行為は、私にとって人生最大の覚悟が必要なものなのだから。
 深く息を吸って吐き出す。首にかけたお守りをドレスの上からそっと握りしめた。父、母、大切な人たちの顔を順に思い返す。
 すると足は、自然と前へ出た。

 美しい女神の周りを回る天使たち。
 続く天井画を時折眺めながら、壺や調度品が惜しげもなく飾られた通路を抜けると、ひと際質の良さそうな飴色の木材を使った両開きの扉が現れる。
 その前には、黒い服にいくつもの金ボタンが輝く同じ服装をした兵士が、目を光らせながらずらりと並んでいた。
 ここに王がいると誰が見てもわかる。息苦しい光景だ。この国は、私のいた国とはまるで違う。
「国王陛下、ハイセでございます。オリヴィア様をお連れ致しました」
 ハイセがそう言うと、扉の向こうから、「入れ」と低い声が返ってきた。
 私は聞き覚えのある声に、胸が風に揺れる木々のようにざわめくのを感じる。
 扉を開けたハイセの後ろに続いて、私も頭を下げながら意を決して部屋の中へと入った。鼓動が脈打つように全身に広がっていく。
「頭を」
 降ってきたのは凄みがある声だった。コツ、コツ、とブーツの足音が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
 私はその音を聞きながらおもむろに頭を上げると、そこには、このアルティエ国の王──レオ・アングラードの姿があった。
「来たか、ベルブルーの姫。あぁ、今日からはこの国アルティエの妃か」
 赤い絨毯じゅうたんの上をこちらに向かってくる彼の背後には、金にたくさんの宝石が装飾された王座が見えた。
 私の眼前で足を止めた彼が、嘲笑うように口角を片方だけ吊り上げる。王が口を開いた瞬間、部屋中が激しい緊張感に包まれるのを感じた。
 私は注がれる視線に耐えられなくなり、目を伏せる。すると彼に顎を持ち上げられて、視線は強引に絡ませられた。
 戸惑う私は、わずかに息を漏らす。
 彼の白がかった金色の前髪は長く、右の目を隠して垂れていた。見えている海原のような濃い青の瞳が私を捉える。
「下を向くな。お前はこの国の妃になるのだろう。みなの前で、情けない顔はするな」
 筋の通った鼻と透き通るような白い肌。その美しい彫刻のような見た目とは裏腹に、彼はこちらに冷たい視線を向けながら吐き捨てるように言い放った。
 ひどい言い草に、悔しさからか私は唇を震わせる。
 この男に甘い言葉など期待はしていない。彼の言う通り私はアルティエに嫁ぐ。だが、私たちの間には愛なんてものは微塵も存在していないからだ。
 この大陸で最大の領地を誇るアルティエの王である彼は、病に倒れた自身の父である前王から、弱冠じゃっかん二十四にして王位を継承した。
 初陣を経験したのは、わずか十二の頃だという。頭が切れ、戦術だけでなく武術や剣術にも長けていて、まさにこの大国の頂点に立つために生まれた男だと、人々はこの国の国旗になぞらえて彼を金獅子リオン・ドールと呼んだ。
 彼が王位を継承してからたった一年足らずで、アルティエが手にしたものは数知れない。
 領地を広げたのはもちろんのこと、今まで国が手にしていなかった発掘や採石にも手を回し始めた。
 そして彼は、私の母国ベルブルーに目をつけたのだ。
「……情けない顔、ですか。失礼致しました。しかし、お言葉ですが陛下、私はあなたの言いなりになるためにここに来たわけではありません」
「オリヴィア様!」
 私の言葉に、ハイセが駆け寄ってくる。顔こそ無表情のままだが、強い語気には焦りが含まれているような気がした。
 陛下は私に視線を置いたまま、空いていた手をそっと上げる。それを見たハイセは素早くこうべを垂れると、再び壁際へと戻っていった。
「オリヴィア。お前は俺が憎いか?」
 陛下は、私の顎に手を添えたまま呟く。
「いいえ。憎くなどございません。あなたの妃となり、〝私は私が愛するものたちのために〟この国に尽くして生きていきたいと思っております」
 この世は争い、奪われ、そしてなにかが生まれる。戦わなければ手に入れられない。悲しいけれど、それが現実なのだ。
 自国を愛する気持ちがあるのは当然のことだが、それが彼に奪われたからといって恨むのは筋違い。父も言っていた。
『穏やかでいたいというのは、この世界では束の間の幸せしか願わないのと同じかもしれない。だが私は、この束の間の幸せを永遠にしたいと思う』
 あの日、父が侘しい笑みを浮かべながら、その日まで飾り同然だった剣を握りしめた光景が今もはっきりと瞼の裏に焼き付いている。
「おもしろい。俺の手を噛むか? 好きにしろ。なにをしようが、お前がこの国で生きていく事実は変わらない。ただその行動次第で、愛する自国の運命は変わることになるぞ」
 陛下は血も凍りそうな冷ややかな声で呟いた。薄らと細められた青の瞳の奥が、ゆらりと怒りの炎を灯しているように見える。
 私はその絶対的な迫力に気圧された。それを読み取ったのか、陛下はようやく私の顎から手を離す。
「ハイセ、部屋に案内してやれ」
 陛下はハイセに視線を流すと、金の刺繍が施された濃紺の服の上に纏っていた純白のマントをひるがえし、奥に続く部屋へと消えていった。
 ハッ、と短くも気持ちの良い返事をしたハイセが、左手を胸に添えてその後ろ姿を見送る。
 噂通りの男だ。高圧的で、欲しいものを手にするためなら手段はいとわない。これから私は、一生ここであの男と暮らしていくのか。
 自分で決断したことだったが、心には早くも影が落ちた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。