【試し読み】気高き騎士は偽りの花~騎士団長の座奪還のため男装して騎士見習いになります!~
あらすじ
騎士団長を務めていた父を亡くしてからずっと家族を支えてきたレティシア。弟のルジュスも騎士学校の卒業が決まり、騎士団への入団試験を控えていたある日、彼はレティシアに内緒で出ていた旅行先で足を怪我してしまう。一家の悲願である〝騎士団長の座の奪還〟が危ぶまれたことに焦ったレティシアはルジュスに成り代わり、入団試験を受けることを決意。女性であることを隠し、男装して受けた試験に見事首席で合格すると、騎士見習いの傍ら騎士団長・アイヴァンの補佐官まで務めることに! アイヴァンのそばで過ごすうち彼に惹かれていることを自覚するレティシアだったが、ルジュスと入れ替わる日は着実に迫っていて……?
登場人物
一族の悲願達成のため、怪我をした弟の代わりに男装して騎士団へ入団する。
柔和な雰囲気の若き騎士団長。騎士見習いとなったレティシアを自らの補佐官に任命する。
試し読み
第一章 弟ルジュスからの手紙
青く澄み渡った高い空を見上げて、レティシアはホッと息を吐いた。
ピィーロロロと鳴く鳥を眺めながら馬車の肘掛けに頬杖をつき、声を出す。
「あの鳥……鷹かしら?」
「あの鳴き声だから鳶だと思うよ」
「うん。そうね……」
生返事をしながら飛んでいく鳥を眺めていると、目の前の端正な顔つきの男性が再び声をかける。
「もう少しで街中に入るから、身体起こして。レティシア」
「うん」
素直に身体を起こすレティシアに、ヴィクトールは微笑む。
レティシアと彼女の弟であるルジュスとは幼馴染のヴィクトールは、今年高等学校の卒業を控えた十八歳だ。今後は家業を手伝うつもりでいた。伯爵家とはいえ、結構広大な領地を持っている古参の貴族だ。厳格な父の下で教えを請うつもりだった。
王城での仕事も多く、出仕するために貴族たちの多くは王都に屋敷を構えている。その王都での屋敷の隣がレティシアの家だったのだ。
歳が近いこともあり、小さな頃からよく三人で遊んだ。
自立し数年したら、ヴィクトールはレティシアに求婚するつもりだ。彼女が自分のことを弟のルジュスと同じように考えていることは、目の前でだらけ切った姿を見せられていることでわかる。だけど、彼女を諦めるつもりはない。
レティシアがこんな姿を見せる相手は限られている。それほど信頼されている証拠だと言えると、自分を奮い立たせていた。
「今回も付き合ってくれて、ありがとうね」
「うん。僕も学校の卒業間近で暇だったしね。長い休みの有効活用になったからいいよ」
「ヴィルはお父様の後を継ぐの?」
「うん。田舎だけど領地は大きいし、やりがいはあると思う」
ヴィクトールは一人っ子だ。だから責任は重大なのだろう。
それにひきかえ、弟のルジュスは相変わらず呑気な性格をしていた。
騎士団長だった父が戦地で殉職したのは、レティシアが十二歳の時だった。弟のルジュスはまだ六歳。父の死がわかるようでわかっていない微妙な年頃だった。
元から父はあまり家へ帰ってこない人だった。しかしそれこそがレティシアの自慢だったのだ。
父は国王様に必要とされている。
父の忙しさがそれを証明している。そう感じて仕方がなかった。
たまに家に帰ってきた時も、父は訓練を怠らなかった。庭で剣を振る父を見て、レティシアも木刀を同じように持ち、教えを請うた。
『お前には能力がある』
そう何度も褒めてくれた父は、もうこの世にはいない。
レティシアの一族ダルレンネ家は長く騎士団長を務めていた。本来なら弟であるルジュスがその座に就くことになったはずだが、まだ六歳の子供に任せる訳にはいかない。
我が家の誇りはそこで断たれてしまったのだ。
何としても弟ルジュスを騎士団へと入団させ、そしていずれはその誇りを取り戻す。そうレティシアは亡き父に誓った。
それなのに……。
あまりにも呑気な弟に、毎日怒りが爆発する。
弟は母に似てのんびりとした性格だ。母の印象は、いつも笑顔を絶やさない優しい人。女性ならそれでいい。だけど男である弟は、それでは駄目なのだ。
何度自分が男で生まれてくればよかったと思ったことか。そしてルジュスが妹であれば……。あんな性格でも妹だと思えば、可愛く見えないこともないはずだ。
レティシアが一年に一度の領地見回りをしているこの時間も、ルジュスはふかふかの長椅子で午睡を楽しんでいることだろう。
それがレティシアにとってはもの凄く腹立たしい。
せめて目の前に座るヴィクトールの半分くらい自分を気遣えないものだろうか? それとも自分が悪いのだろうか?
何をさせても中途半端なルジュス。口で説明しても理解しているのかいないのか反応がいまいちわからない。
いつも面倒臭くなってしまうレティシアは、自分で何でもしてしまっていた。
叱っても諭しても言うことを聞かない弟を、もう今では諦めている。
「かくなる上は、もう勘当しかないわね」
あんな何の役にも立たないぐうたらな弟には、それが薬になるかもしれない。数年経てば心を入れ替えて戻ってくるだろう。
資金援助もしなければ、何とか一人で乗り切るはずだ。
可愛い弟を突き放すのは心が痛むが、もうその方法しか手はないように思う。
「もしかしてルジュスのこと? 彼もレティシアがいなければ結構頑張るよ?」
何故そこで疑問形になるのか。
「騎士学校だって、ちゃんと通えたんだし……」
もうすぐ騎士学校を卒業するルジュス。騎士学校の中等科の授業を受け、何とか卒業できそうなのである。正式な騎士になるには高等科へは進まず、直接入団するのが慣例だ。
ルジュスにとってまさに今が大事な時期なのだ。
そして一か月前の会話を思い出して、レティシアの額に青筋が浮かぶ。
『姉上。学校も無事に卒業できそうだし、友人たちと旅行に行ってもいいでしょう?』
レティシアは我が耳を疑った。
中等科は確かに卒業できるのかもしれない。だけど今度は騎士団の入団試験が待ち構えていることをこの弟は理解しているのか?
騎士団への入団は一筋縄ではいかない。騎士という職業は狭き門なのだ。国中から入団試験を受けに来るというのに、またも呑気に旅行!?
『はあっ!?』
凄むように返事してしまったのは無理もない。そう思いたい。本当はもっと怒鳴りたい気分だった。
──ルジュス、貴方……何を考えているのっ!? 騎士団長の座を取り戻すことは我が家の悲願でしょうっ!?
しかし、ルジュスがレティシアの眼力に負けてしまい目を逸らしたので、その言葉が世に出ることはなかった。よくグッと我慢できたものだとレティシア本人でさえ思う。
休暇でも訓練を怠らなかった父の爪の垢でも煎じてルジュスに飲ませたい。そうすれば、さすがのルジュスも性格が変わるだろう。
「ヴィルが弟ならよかった……」
もしそうなら絶対騎士団長の座は取り戻せたはずだ。
「……レティシアの弟は嫌だよ」
どういう意味で言われたのかヴィクトールをちらりと見るが、それ以上追及しなかった。
どうせ答えなど聞かなくてもわかる。こんなに口うるさい姉など、さすがのヴィクトールだって欲しくはないだろう。
「はあぁ~……」
重いため息を吐きながら王都への道を戻るのだった。
王都に入り、一か月間空けた我が家を懐かしく見上げた。馬車の外ではヴィクトールがエスコートするために手を差し伸べて待ってくれている。
「ありがとう、ヴィル」
「どういたしまして」
そんな二人を御者も微笑ましそうに見ている。
「お帰りなさいませ、レティシアお嬢様」
家令を筆頭に使用人たちが整列し、レティシアを迎えた。
「お疲れ様、レティシア」
いつものように穏やかな笑みを浮かべる母もいる。
「ただいま帰りました。お母様」
玄関先で話していると、一人の旅商人らしき者が自分たちに近寄ってきた。
その男はレティシアを目指して歩いてきたので、その目の前にヴィクトールがスッと立ち塞がる。
「あの……」
「何か用か?」
威圧するような声を放つヴィクトールに脅えながら、男は懐から紙らしきものを取り出す。
「このお屋敷は、ダルレンネ公爵様のお屋敷で間違いないでしょうか?」
「そうだ」
震える手で紙を差し出しながら男は再度声を発した。
「これを……。ルジュス様という方から託って……」
「……、ルジュス?」
そういえばこの場にルジュスの姿がない。
「わかった。ありがとう」
ヴィクトールはルジュスの名を聞いて表情を和らげた。
それを見た男もようやくホッとしたように息を吐き出し笑顔を浮かべる。
ヴィクトールは男に金を渡し、手紙を受け取った。
その間にもレティシアの頭には様々な考えがめぐらされていた。
「……お母様、そういえばルジュスの姿が見えませんわね」
「あ~……、ええ。そうね~」
母はレティシアから視線を逸らし、言葉を濁らせる。
この調子では母からは何も聞き出せないだろう。そう思ったレティシアは、今度は家令に視線を移す。
「ルジュスは?」
しかし視線が合わない。使用人の顔を流し見るが、その誰もがレティシアの目を見ようとはしない。
仕方なくヴィクトールが持っていた紙に手を差し伸べた。
「レティシア、あんまり怒らないで」
ヴィクトールも何か薄々感じ取っているのだろう。眉をハの字にし、レティシアに手紙を渡す。
『親愛なる姉上様』
そんな形式ばった手紙も書けるのかと感心しながら読み続けるレティシア。
しかし読み進める間にも増え続ける額の筋に、その場にいる誰もが戦々恐々とした心境になった。
「あ、あの……阿呆があぁぁぁぁ~っ!」
「レティシア、公爵令嬢が玄関先でそんなはしたない言葉を叫んでは駄目よ」
間の抜けた母の声が辺りに木霊した。
そして今、レティシアは再び馬車を走らせていた。馬車の中にはもちろんヴィクトールも一緒だ。
不安そうな顔をこちらに向けているのはわかっていたが、今のレティシアには構っていられる余裕はない。
さすがに今回は堪忍袋の緒が切れた。まさかルジュスがこんなに馬鹿だったとは思いもしなかった。
手紙の内容はこうだ。
『親愛なる姉上様。僕の代わりに騎士団入団試験を受けてください。
実は出先で足を負傷してしまいました。僕と姉上は背格好も顔もよく似ております。姉上は僕より剣の腕も学力も上でありますし、必ず試験に受かってくださるものと信じております。
足が治れば直ちに王都へ帰りますので、どうか……どうかよろしくお願いいたします。
貴女の可愛い弟ルジュスより』
何が可愛い弟か。
こんな傍迷惑な弟、欲しくなかった。
あろうことか、ルジュスはあんなに反対した友人との旅行にレティシアがいない隙を狙い出掛けてしまったのだ。
そしてレティシアが心配していた以上のことを仕出かしてしまった。
「足……、足を怪我するなんて。あ、あの……馬鹿っ!」
膝の上で拳をギュッと握り、怒りを少しでも逃がそうとするが上手くいかない。
ヴィクトールが手をそっと添えて言葉をかける。
「レティ、あんまり怒らないで。ルジュスも怪我をしたくてした訳じゃないから」
「そ、そうだけど。あんなに馬鹿だったなんて思わなかった」
口では馬鹿だ馬鹿だと言い続けてきたが、まさか本当にこんなことを仕出かすとは……。情けなくて悔しくて、涙が浮かんでくる。
目尻に浮かんだ涙を綺麗にたたまれた布で拭き取ってくれるヴィクトール。
「ごめんね。また付き合わせちゃったね」
「僕のことはいいよ。それより、これからのことを考えないとね」
「うん……」
そうなのだ。馬鹿な弟ルジュスの無茶すぎる提案。
まさか女性であるレティシアに身代わりになって入団試験を受けろと言うとは。
「もしかして……受けるつもり? 駄目だよ。レティシアは女の子なんだから」
『女の子』という可愛らしい言葉に、レティシアは笑みが零れた。
「女の子って言ってくれるのは、もうヴィルだけよ」
自分はもう『女の子』という年齢ではない。自分と同じ歳の子たちはほとんどが結婚し、子供がいる者までいるほどだ。
二十二歳。貴族社会ではすでに出遅れ感がある年齢だった。
必死になって亡き父の代わりに厳しくルジュスを育てたつもりだった。だけどそのお返しがこんなことになるとは思いもしなかった。
何としても騎士団長の座を取り戻す。
でも騎士団に入団もできないのであれば、話は大きく後退してしまう。
「私が……男だったら、よかったのに」
添えられていたヴィクトールの手に力がこもり、レティシアは下げていた視線を上げた。
「それは困る。僕は君が女性であることを喜んでいるのだから」
「……うん」
頭が上手く働かない状態では、今のヴィクトールの言葉は理解できなかった。
彼もそれがよくわかったようで、フッと苦笑した。
「とにかく今はルジュスのことが心配だ。歩けるくらいの怪我だったらいいけど……」
そうだ。騎士になるどころか、もしかしたら歩行さえままならないようになってしまっていたら……。
よくない考えが頭をめぐり、急に不安になるレティシアだった。
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