【試し読み】我が儘な恋情~蠱惑する独占欲~
あらすじ
一年前、義理の叔父で気鋭のファッションデザイナーとして活躍する千里と、一度だけ関係を持ってしまったバイオリニストの紗香。好きだからこそ受け入れ、彼に抱かれてより恋心を自覚してしまった。だが端整で吸い込まれるほどの色気を醸し出す千里は、女なら誰にでも甘い顔をするのにあれから紗香にだけ冷たい。それでもいつか想いが届くことを願い、千里の元に通い続けた紗香だったが、やがて報われない片想いに疲れて彼への想いを絶とうと決意する。しかしそれを聞いた千里は「俺に挽回する機会を与えてほしい」と言い、独占欲を露わにし始めた。これ以上ないほどの彼の優しさに紗香は戸惑い、必死に押し込めてきた想いが揺り起こされて……
登場人物
楽団に所属するプロバイオリニスト。片想い相手・千里の身の回りの世話をするため、足しげく家に通う。
紗香の義理の叔父でファッションデザイナー。蠱惑的な雰囲気の持ち主で、女性関係が絶えない。
試し読み
*第一章
二〇一五年の春夏シーズンにデビューしたアパレルブランド・nilは、東京に拠点を置いて活動している。
デザイナーの深谷千里、パタンナーの岩瀬朋美、ニッターの荻野ちなつ、生産管理の椎名大輔、マネジメントの矢島修平の総勢五名が立ち上げ、躍進が目覚ましい女性向けブランドだ。
そのアトリエは水天宮前駅から徒歩数分の裏路地にあり、こぢんまりとした一軒家だった。西島紗香は今日も夕方にそこを訪れ、掃除や料理をこなす。
一階のアトリエには三人のスタッフがいて、それぞれの席で仕事をしていた。紗香がコーヒーを淹れて二階の書斎と繋がった応接間に向かうと、スタッフたちと明らかに雰囲気が違う派手な身なりの女性が一人掛けソファで脚を組み、この家の主に呼びかけている。
「ねえ千里、このあと飲みに行かない? 私、渋谷のクラブがいいな。今日は外タレが来てるんだって」
築五十年を超える建物は見た目こそかなり古いものの、入居する際にリノベーションされており、すべての部屋の床が板張りで、建具の古さも相まってどこかノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
四畳半の書斎はデスクと本棚が大きなウエイトを占め、物が多く雑然とした雰囲気だ。襖を取り払った続き間の六畳間が応接室になっていて、ソファとテーブルが置かれている。
女性の呼びかけに、パソコンに向かって仕事をしていた男性──深谷千里が、モニターから目を離さずに答えた。
「今日は無理。このあとデザイン事務所との打ち合わせが一件あるから」
「えー、何時に終わるの?」
「ちょっとわからない。だから亜美ももう帰れ」
亜美と呼ばれた女性は二十代半ばと若いものの、今人気の服飾雑貨デザイナーで、バッグや靴、帽子などを制作している。
紗香は前にもここで彼女の姿を見たことがあり、どうやら今日は来年のショーの打ち合わせで来ているようだ。テーブルにコーヒーを置くと、亜美が「ありがと」と軽く言う。千里の元にもカップを持っていったところ、彼はチラリと視線を向け、熱のない口調でボソリと「ありがとう」とつぶやいた。
その態度は千里が自分にそうした行動を求めていないことを如実に示していて、紗香の心がシクリと疼く。だがそれを表情には出さずに書斎を出ようとすると、入れ違いのように立ち上がった亜美が千里に歩み寄り、後ろからその肩に抱きついた。
「久しぶりに会ったんだし、仲良くしよ? 他の人たちは階下にいるんだから……ね?」
クスクス笑いながら耳元に唇を寄せてささやく彼女を、千里は強く拒絶しない。パソコンに向かってillustratorを操作しながら、彼は笑みを含んだ声で答えた。
「相変わらずだな。お前、いつもそうやって仕事相手に粉掛けてるのか」
「それは千里でしょー? 私は誰にでもこんなことしないもん」
二人の会話は明らかに仕事の相手という雰囲気ではなく、紗香は目を伏せて逃げるように階段を下りる。
千里が女性に甘い態度を取るのは、いつものことだ。この家には仕事でさまざまな人間が訪れるが、彼にああした秋波を送るのは亜美だけではない。
深谷千里は気鋭のファッションデザイナーだが、彼自身がモデルかと思うくらいに整った容姿をしていた。一八三センチの高身長、しなやかで均整の取れた体型に加え、端整な顔と異性を惹きつける蠱惑的な雰囲気を持っている。聞けば学生時代にスカウトされて読者モデルをしていたものの、服作りのほうに興味があり、すぐに辞めてしまったらしい。
デザイナーとしての評価は高く、千里と親しくなりたがる女性は後を絶たない。彼のほうも来る者拒まずのようで、女性と親しげにしている姿を見たのは一度や二度ではなかった。
(あんなこと日常茶飯事なんだから、いちいち気にしてたら身が持たない。わたしはわたしの仕事をしないと)
一階に降りた紗香は台所に向かい、料理を始める。
週に三、四回ほど訪れてこの家の掃除をし、料理を作り置くようになって、そろそろ一年が経とうとしていた。女なら誰にでも甘い顔をするくせに、千里は自分にだけは冷たい。その理由を考え、紗香は目を伏せる。
(あの日のことは、千里さんには消してしまいたい出来事なんだ。……わたしは忘れたくないのに)
約一年前の夜のことは、記憶が擦り切れそうになるくらいに何度も思い出した。
だが思い出しすぎて、かえって本当の出来事だったのか信じられなくなるときがある。それくらい今の千里の態度は素っ気なく、紗香がこの家に通い続けているのは半ば意地のようなものだった。
野菜を切る作業を再開すると、そこで台所に入ってきた男性が声をかけてくる。
「お、紗香ちゃん、来てたんだ」
「……矢島さん」
矢島修平は、nilでマネジメントを担当している人物だ。
ブランドを運営するためのマネーフローを始め、中長期の経営計画の立案、PR戦略、スケジュール管理をしていて、クリエイション以外の部分を一手に担っている。紗香は包丁を止めて問いかけた。
「コーヒーですか? 今淹れますから、少しお待ちください」
「あ、いいよ、冷蔵庫のお茶を飲むから。千里は?」
「お客さまがいらしていて、二階で応対中です」
「もしかして、来てるのって坂下亜美?」
紗香が頷くと、矢島が舌打ちしてつぶやく。
「あいつら、おかしなことしてねーだろうな。ちょっと見てくる」
「あ、……」
千里の女癖の悪さはスタッフ間で常識であり、矢島はそんな彼と小学校時代からの幼馴染のため、対等に物が言える人物だ。
台所から出ていく矢島を見送った紗香は、ため息をついて料理作りを再開した。特売だった大根は手羽中と一緒にこんがり焼きつけ、ニンニクを効かせた塩スープ煮にする。他にレンコンと水菜のツナサラダ、キャロットラペ、冷凍のパイシートを使った春キャベツのキッシュを作る予定で、先に野菜を手際よく切っていった。
途中で二階から降りてきた亜美が、間延びした声で「お邪魔しました~」と言い、アトリエを出ていくのが見える。やがて矢島が台所に戻ってきて、ため息交じりに言った。
「あいつら、案の定いちゃついてたから、ねちねち嫌味を言ってやった。亜美が千里の膝の上に乗ってて、キスする寸前みたいな距離だったよ」
「……そうですか」
「大人同士、誰とつきあおうが勝手だけど、仕事以外のところでやってほしいよなあ。ところで紗香ちゃんの楽団って、来月大阪公演があるの? 今日たまたまポスターを見たんだけど」
「あ、はい。来月の頭にあります」
紗香の職業は、楽団に所属するプロのヴァイオリニストだ。
毎月の定期公演とオペラやバレエの演奏の他、ソロのオファーもこなすため、全国各地を飛び回っている。矢島が言葉を続けた。
「nilも来月の頭に二日間、大阪でレンタルスペースを借りて秋冬物の展示会をやるんだ。今日はこれからデザイン事務所の人が来て、その打ち合わせをする予定」
「そうなんですか」
展示会では、デザイン事務所が什器や照明などを用いてブランドの世界観を表現するといい、先週東京で開催したものと同じ内容らしい。彼が笑顔で言った。
「バイヤーが多めの展示会になるとは思うけど、時間が空いたら遊びに来てよ。紗香ちゃんなら招待状がなくてもオッケーだから」
「ありがとうございます」
笑顔で返事をしつつ、紗香は心の中で「たぶん行かないだろうな」と考える。
なぜなら千里が自分を歓迎しないことが、わかるからだ。この家に押し掛けるだけではなく、展示会にまで顔を出したりしたら、彼はきっと鬱陶しく思うに違いない。
そのとき台所に、千里が入ってきた。どうやら飲み物を取りにきたらしい彼に、矢島が渋面で言う。
「おい千里、仕事中に女に手を出すなっていつも言ってるだろ。節操がなさすぎなんだよ、お前」
「あんなの手を出したうちに入らないだろ。向こうが勝手にやってることだし」
紗香は努めて何でもないふうを装い、出来上がったキャロットラペをタッパーに入れる。
そんな紗香をよそに、千里は冷蔵庫から出したペットボトルのお茶をグラスに注いでいた。そのまま出ていこうとする彼を、紗香は勇気を出して呼び止める。
「あの……っ、千里さん」
「ん?」
彼がチラリと振り向き、目が合う。
たったそれだけで頬がじわりと熱を持つのを感じながら、紗香は言葉を続けた。
「お父さんと永里さんの一周忌、六月十九日の朝十時からになりました。こちらの親族は、伯母家族だけを呼んでいます」
すると千里が「そっか」とつぶやいた。
「こっちは親族がいないから、俺だけの出席だ。悪いな、段取りを全部任せてしまって」
「いえ」
彼が台所を出ていき、紗香は言いたかったことを伝えられてホッとする。横で会話を聞いていた矢島が、しみじみと言った。
「紗香ちゃんのお父さんと永里さんが亡くなって、もう一年か。早いな」
「……はい」
西島永里は千里の姉で、紗香の父の正昭と三年前に結婚し、義理の母親になった。
実母は中学一年生のときに病死してしまい、それからずっと父と二人で暮らしてきたが、三年前に知人の紹介で知り合ったという永里と再婚したい旨を伝えられたとき、紗香は手放しで祝福した。
通訳を仕事にしていた彼女は溌剌として美しく、一緒に暮らした二年間は母親というより姉ができた感覚で、楽しかった。その弟である千里は紗香にとって血の繋がらない叔父ということになるが、二人が交通事故で亡くなったのをきっかけに、それまでとは関係性が変わってしまった。
(あの日までの千里さんは、たまに会う機会があるとニコニコしてて優しくて、今とは全然違ってた。……まるで遠い昔のことみたい)
たった一人の姉を失ったことは、彼にとって言葉にならないくらいにショックな出来事だったようだ。
彼ら姉弟はとても仲が良く、千里は姉を誰よりも大切にしていた。事故の知らせを聞いて病院に駆けつけた彼は、ひどく取り乱しながら永里の名前を何度も呼んでいた。
翌日の通夜のときはすっかり憔悴してしまい、同じ日に父を失った紗香も心配になるほどだった。焼香に訪れる人々の応対をする合間、何度も彼を気にして声をかけ、ようやく弔問客が引けたときに「少しは食べなきゃ駄目ですよ」と食事を勧めた。
(そして──……)
目を伏せ、唇を引き結んで思考を中断させた紗香は、料理をすべて仕上げる。
そしてそれらを保存容器に入れたあと、千里の家を後にした。ここから成城にある自宅までは、地下鉄を乗り継いで一時間弱だ。午後七時の地下鉄内は帰宅ラッシュでひどく混み合っており、紗香は出入り口のドア付近に立つ。
ときおり車体の揺れで身体を傾かせつつ、窓の外の暗さを見つめて考えた。
(あれからもう一年が経つなんて、信じられない。お父さんと永里さんが亡くなったのは、つい最近のような感じなのに)
会社経営をしていた父が亡くなったことで、一人娘である紗香には莫大な遺産と成城の大きな屋敷が遺された。
会社の経営権は人に譲ったため、株式の売却益も含めると使いきれないほどの金を手に入れたことになるが、喜びは微塵もない。広い屋敷にたった一人で暮らす寂しさは、今もまったく慣れていなかった。
(一周忌を目途に、もう一度千里さんと話をしてみようかな。でも、もしそれではっきり拒否されたら……)
自分は今のように、千里のアトリエに通うことができなくなる。
何しろ義母の永里が亡くなった今、自分たちは何の繋がりもない赤の他人だからだ。〝叔父〟と〝姪〟なら顔を合わせても何ら不思議ではないが、紗香が求めているのはそうした関係ではなく、いつもジレンマが付き纏う。
(わたしはいつまで、こんな不毛なことを続けるんだろう。千里さんは……わたしを見てくれないのに)
叶わぬ想いを抱き続けることに疲れているのに、諦めきれずにアトリエに通ってしまう。
そんな自分にやるせなさがこみ上げ、紗香は小さく息をついた。周囲に立つ人々は誰もがうつむきがちで、他人に関心がないように見える。地下鉄の揺れに身を任せた紗香は、帰ってからすることを考え、疲れた目を閉じた。
* * *
ファッションデザイナーは多忙で、デザイン画や絵型を作成したり、ポートフォリオを基に色展開や素材を選定したりする他、関係者との打ち合わせや企画会議など人と会う仕事が多い。
素材に関しては〝テキスタイルコンバーター〟と呼ばれる生地問屋に依頼し、テキスタイルに適した糸や織り、染め、加工をしてもらう。それと並行して行うのが、デザインを基にしたパターンの作成だ。
基本的にはパタンナーである岩瀬朋美に任せるが、洋服のシルエットに関わる大事な部分のため、デザイナーが細かく指示してチェックしなければならない。
来月の展示会に向けたデザイン事務所との打ち合わせのあと、メールの返信を終えると午後九時になっていた。スタッフが全員帰って閑散としたアトリエを施錠した千里は、台所に向かう。そしてタッパーに入っていた作り置きのレンコンと水菜のツナサラダを摘まみ、モグモグと咀嚼した。
(……美味いな)
鍋を開けるとそこには大根と手羽中の塩スープ煮が入っていて、温めるために火を点ける。キャロットラペとキャベツのキッシュも出すと、立派な夕食の完成だった。
これらを作ってくれた人物の顔を思い浮かべ、千里は複雑な気持ちになる。血の繋がらない〝姪〟である西島紗香は、料理が上手だ。中学一年のときに実母を亡くして以来、ずっと父子家庭で家事を担っていたというから、ある意味当然なのかもしれない。
(こんなふうに甘え続けるべきじゃないのにな。彼女も仕事があるんだし)
プロのヴァイオリニストである紗香は、日本有数の楽団であるJ交響楽団に所属している。
四歳でヴァイオリンを始めた彼女は、国内外のコンクールでの入賞経験があり、芸大の音楽学部に在籍している十代のうちにJ響のオーディションに合格した逸材らしい。オーケストラで演奏するのが楽しかったために楽団員になったというが、人目を引く容姿とその実力から、最近はソロのオファーも増えているという。
(……確かに、あの見た目だもんな)
紗香はほっそりと華奢な体型で、サラサラの長い黒髪がトレードマークだ。
透明感のある肌と長い睫毛に縁取られた大きな目が印象的で、顔の造作は清楚に整っており、凛とした雰囲気は百合を思わせる。
実力もさることながら、美貌の女性ヴァイオリニストとして人気が高く、ときどきメディアの取材を受けていた。そんな彼女なのだから、日々の演奏活動や練習で多忙なのは容易に想像ができる。それなのに週に三、四回この家を訪れて家事をするのは、かなりの負担のはずだった。
(馬鹿だな。……俺には、そこまでする価値なんかないのに)
千里が紗香に「家事をしてほしい」と要請したことは一度もなく、一連の行動は純粋に彼女の厚意だ。
だがこちらを見る眼差しに込められた意味がわからないほど、野暮ではない。そのきっかけとなった出来事からそろそろ一年が経とうとしているのだと考え、千里は目を伏せる。
(もうそんなに経っただなんて。……姉さんが死んだのは、ついこのあいだのような気がするのに)
姉の永里と千里は、二人きりの姉弟だ。
仕事が続かず酒乱の父親に愛想を尽かした母親が一人で出ていき、取り残された自分たちは常に暴力に怯える毎日を送ってきた。ろくに子どもの面倒を見ず、飲んでは暴れる父親がある日ぽっくり死んでからは、父方の親戚の家に引き取られた。
だがその家での暮らしは肩身が狭く、ただ食事をするだけでも嫌味を言われる毎日で、千里と永里はいつか自由に生きられるようになることを夢見つつ、支え合って生きてきた。
大人になってそれぞれ自立して生活できるようになっても、千里にとっての姉はこの世の誰よりも大切な人だった。彼女の恋人として紹介された西島正昭は穏やかな人物で、「永里さんを必ず幸せにします」と約束してくれた。
彼には娘が一人いたが、当時二十三歳だったために子育ての心配は既になく、千里は二人の結婚を祝福した。それから二年、永里は会うたびに笑顔で、正昭と紗香との生活がいかに楽しいかを千里に話してくれた。
姉の幸せな暮らしぶりに安堵していたのも束の間、取り乱した様子の紗香から電話がきたのは、六月中旬の雨の夜だった。
『千里さんですか? わたし、紗香です。たった今警察から電話があって、お父さんと永里さんが……っ』
呼び出され、急いで指定された病院に向かうと、永里は既に息を引き取ったあとだった。
車で日帰り旅行に出掛けた二人は、帰り道で居眠り運転をしていた対向車線のトラックに突っ込まれたのだという。永里も正昭も即死で、顔のほとんどが分厚い包帯で覆われていた。
最愛の姉の突然の死に、千里はひどく打ちのめされた。あまりのショックに虚脱状態になってしまい、通夜と葬儀の段取りすら関われず人任せにしてしまったほどだ。
通夜のあとでようやくすべての弔問客が引けたとき、千里は控えの部屋の畳スペースにいたが、そこにやって来た紗香が言った。
『千里さん、ここにいたんですね。昨夜から何も食べていないんですから、無理してでも少し食べてください。このままだと、千里さんが倒れてしまいます』
ぼんやり視線を向けると、間近に彼女のきれいな顔があった。
父親を亡くした紗香も憔悴しており、目元は泣き腫らして少し赤くなっていたが、それでも美しい。喪服で髪を後ろで結わえた姿には、いつもとは違う仄暗い色香が漂っていた。気がつけば千里は縋るものを求め、目の前の細い身体を抱きしめていた。
『……っ、せ、千里さん……?』
突然のことにびっくりしてこちらを押しのけようとする彼女だったが、千里が抱きしめ続けると抵抗するのをやめた。
そのときの千里は、心に大きな穴が開いたような喪失感をどうすることもできずにいた。姉が既にこの世にいないことを、信じたくない。幼い頃からずっと支え合ってきた永里と永遠に会えなくなってしまった事実は、千里の心をどうしようもない孤独の中に突き落としていた。
ともすれば真っ暗な奈落に落ちていきそうな気持ちだったが、目の前のぬくもりがそれを繋ぎ留めてくれるような気がする。
『千里さん、あの……、ぁっ!』
畳の上に押し倒された紗香は、ひどく戸惑った顔をしていた。それに覆い被さって唇を塞ぐと、彼女は喉奥からくぐもった声を漏らした。
『ん……っ』
口腔に押し入り、舌を絡める。
怯えるように縮こまるそれを舐めながらねじ込む動きに、紗香がぎゅっと眉を寄せるのがわかった。唇を離した千里は彼女の胸のふくらみを握り込みつつ、細い首筋に唇を這わせた。そして片方の手でスカートをまくり上げ、黒いストッキング越しに太ももに触れた。
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