【21話】堅物夫(仮)を恋に落とす方法

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「どうしたんだ、穂乃果ちゃん。電気も付けないで」
「……」
「真っ暗だから自分の部屋に戻ったかと思っていたんだが……」
 ピッとシーリングライトが点灯する音が聞こえたと同時に、部屋の中が一気に明るくなる。
 チラリと視線だけ孝介さんに向けると、彼は戸惑ったような表情を浮かべていた。
 そんな彼に何も言えなくて、再び俯く。
 私はどれだけの時間、ここでうずくまっていたのだろうか。
 孝介さんの会社から逃げるようにして戻ってきた私は、自分の部屋に一度は入ろうとしたのだが、そのまま隣の部屋―――孝介さんの部屋―――の鍵を開けていた。
 孝介さんに会う勇気はない。だけど、会いたい……
 その矛盾した気持ちで今、ここにいる。
 中島さんに言われた言葉は、胸にグサリと突き刺さった。
 彼女の言う通りだ。私は色々な面で親離れをする勇気を持てずにいたし、孝介さんには甘えっぱなしだったと思う。
 だからこそ、孝介さんは私のことを子供扱いするのだ。
 わかってはいたが、わかっていなかったのかもしれない。中島さんに言われた瞬間、足元が掬われるような心許ない感情に苛まれたのだから。
 なんだか自分が滑稽で、恥ずかしくなってきた。
 何が色仕掛けだ。そんなことして誘惑する前に、もっとやらなければならないことはたくさんあったはずだ。
 社会人として成長もしなくてはならなかったし、今回のお父さんの策略にも、もっと反論しなければならなかった。
 孝介さんに申し訳ない。そう思っていたが、心の片隅では〝近くにいることができる〟という私の甘えも含まれていたのは否めない。
 孝介さんのことを考えれば、お父さんと喧嘩してでも、彼に迷惑をかけたくないと突っぱねなくてはならなかった。
 そういうことができずに、なにが色仕掛けだ。なにが恋愛だ。
(もう……ヤダ。恥ずかしくて消えてなくなってしまいたい)
 ギュッと膝を抱える腕の力を強めると、孝介さんは私の隣に座った。
「今日、会社に書類を届けてくれたんだろう? ありがとう、助かった」
「はい……」
 私がやっと返事をしたのを見て安心した様子の孝介さんだったが、「ごめん」と急に謝りだした。
 驚いて顔を上げる私をジッと見つめたあと、孝介さんは頭を下げて言う。
「あの場にいた奴らに聞いた。中島が穂乃果ちゃんに失礼なことを言ったらしいね」
「本当のことを言われただけです。だって、私たち結婚していませんものね」
「穂乃果ちゃん」
 孝介さんが戸惑っているのがわかった。だが、これは孝介さんに謝られるようなことではない。
 本当のことを言われただけだ。失礼でもなんでもない。
 私は再び膝を抱えて俯く。
「私はずっと孝介さんのことが好きでした。だから、結婚しているフリでも嬉しかったんです」
「……」
 孝介さんが息を呑むのがわかった。きっと驚いてくれたのだろう。
 だが、彼の顔を見るのは怖い。私の気持ちを迷惑だと思っていたら……それこそ立ち直れない。
 これで孝介さんを解放しなくちゃいけない。それが大人になりきれていない私でもできる唯一のことだ。
 ギュッと唇を噛みしめて覚悟を決める。
「だけど、孝介さんは全然私のこと見てくれなくて、子供扱いするし。ううん、本当に子供だからそうされても仕方がないって今ならわかっています。それなのに、色仕掛けなんて無謀なことしちゃった」
「穂乃果ちゃん」
 孝介さんの声に戸惑いの色を見つけた。もう、これ以上は無理だ。孝介さんの前にいることはできない。
 ゆっくりと顔を上げ、隣に座る孝介さんを見つめる。
 涙声になりそうになるのをグッと堪え、静かに呟いた。
「私、もう諦めます。お父さんには私から頼んでおきますね。孝介さんに無理言わないでくれって」
「……」
「だからもう、無理して私と結婚しているフリなんてしなくていいんですよ?」
 孝介さんの目を見ることはできなかった。見たら泣いてしまうことはわかっている。
 私が泣いてしまったら、孝介さんは私を放っておけなくなってしまう。
 泣くのを我慢している私に、孝介さんは優しい声色で話しかけてきた。
「そんなことしたら、君はお父さんの元に行かなくちゃいけなくなる」
「それも仕方がないと思います。だって……孝介さんが私のこと女として見てくれないなら、ここにいても仕方がないですから」
「穂乃果ちゃん」
 こうやって孝介さんが私の名前を呼んでくれることはなくなるのだろう。

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