【20話】堅物夫(仮)を恋に落とす方法

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 それにしても何かがおかしい。
 どうして彼女から依頼の電話が来たのだろうか。
 孝介さんが直接私のスマホに連絡をしてくれれば、事は済むはずだ。
 それなのにどうして……
「孝介さん、仕事が忙しすぎて手が離せないとか?」
 それならあり得るかもしれない。
 どこか腑に落ちないものを感じるが茶封筒は確かにあるし、これがないと孝介さんが困るというのなら届けてあげたい。
 茶封筒をカバンの中に大事にしまい、私はマンションを出て、孝介さんの会社へとタクシーで向かった。
 孝介さんが働く会社ビルに着いて受付に行こうとすると、見知った顔を見つけた。中島さんと、数人の男性がいる。
 この前、ホテルのロビーで顔を合わせた人たちだった。
 しかし、そこには孝介さんの姿はなかった。
 やっぱり孝介さんは会議などで席を外すことができないほど忙しいのだろう。
 私に立ちふさがるような形で、中島さんが近づいて来た。
「中島さん、ですよね?」
 私の問いかけには答えず、彼女は手を差し出してきた。茶封筒を渡せと言っているのだろう。
 しかし、茶封筒を手渡さず困惑している私に、中島さんはキレイな笑みを浮かべた。
 だが、同時に背筋が凍るほど目が冷たいのがわかる。
 私は思わず後ずさりをしてしまう。
「資料ありがとうございます。チーフがこの書類がほしいけど、今は家だからと困っていたので私が出しゃばってしまったんです」
 どうやら孝介さんに頼まれた訳ではなく、中島さんが独断で行動したようだ。
 ごめんなさいね、と中島さんは笑みを浮かべて謝罪をしてきた。だが、依然目が怖いままだ。
 何も言わず微動だにしない私に、中島さんはフンと鼻を鳴らした。
「永倉チーフの家に電話をして留守電に入れたけど、本当に貴女がここに来るなんて思わなかったわ」
 どうやら私が孝介さんの部屋にいるかどうかを確かめるために、ああして留守電を入れたようだ。
 孝介さんのマンションにやってきたときもそうだったが、今の中島さんからも敵意を感じる。
 きっと彼女は、孝介さんのことが好きなのだろう。
 敵意溢れる彼女からの視線に、グッと堪える。
 私たちの異様な雰囲気と中島さんの言葉を聞き、周りにいた男性たちが顔を顰める。
「だってチーフの奥さんだろう? チーフの家にいてもおかしくないだろう?」
 男性たちが口を揃えて言うと、中島さんはフッと小さく意地悪に笑った。
 そして、私に挑発的な視線を向けてくる。その視線にはたっぷりの悪意が込められていた。
「ふふ、永倉さんは大変ね。貴女の夫として演技しなくちゃいけないなんて」
「え?」
 嫌な予感をジワジワと感じて顔を歪める。
 そんな私に、余裕たっぷりの中島さんは真っ赤な口紅をひいた唇をクイッと上げた。
「貴女のお父様、高槻部長に全部聞いたわよ。男避けをするために永倉チーフを使っていたらしいわね。結婚なんて嘘、夫婦だなんて大嘘よ」
「!」
「貴女もいい大人でしょう? 男のあしらい方ぐらい覚えなさい。そして、チーフを解放して差し上げたらどう?」
 咄嗟には言葉が出ず、何も言えなかった。
 中島さんの言う通りだとは思う。お父さんの身勝手な考えのせいで孝介さんが巻き込まれただけだ。
 孝介さんはうちのお父さんを尊敬しているからこそ、イヤだと反論できなかったのだろう。
 わかっている。わかっているけど……
 私はギュッと唇を噛みしめたあと、中島さんに食ってかかった。
「もし……私たちに秘密があったとしても、中島さんに何か関係がありますか?」
「な、なんですって!」
 キレイな顔が歪む。彼女の様子を見ながら、私は精一杯の強がりを口にした。
「これは私と孝介さんの問題であって、貴女には関係がないかと思います!」
「!」
 ギュッと拳を握って、虚勢を張る。
 自分でもビックリしている。こんな挑発するようなことを、年上の女性に言い放つだなんて……
 中島さんが言っていることは正しい。そもそも二十歳も過ぎた大人が未だに親の言いなりになっている時点でどうかと思う。
 まだまだ大人になりきれていない。そう言われても仕方がない状況だ。
 それも関係のない孝介さんまで巻き込んでいる。それを指摘されると辛い。
 だが、中島さんに言われるのはイヤだ。
 そう思うのは、彼女が孝介さんのことを好きだってことが伝わってくるからだろう。
 孝介さんを、中島さんに渡したくない。こういうところが子供だと言われても仕方がない所なのだとは思う。
 私の我が儘だってわかっている。だけど、だけど―――
 フゥと小さく息を吐き出したあと、カバンから茶封筒を取り出し、中島さんに押しつけた。
「私、戻りますね。確かに書類をお持ちしました」
 これは私なりの最後の悪あがき。最後の見栄だ。
 用事は済んだとばかりに、私は彼女たちに背を向けて歩き出す。
 本当は逃げるように走り出したかった。
 だけど、これもちっぽけな私のプライドだ。毅然とした態度で去りたかったのだ。
 だが、会社から出て駅へと向かう途中、その虚勢はプツリと切れる。
「っふ……うう」
 込み上げてくる涙を、私は何度も何度も手のひらで拭った。

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