【19話】堅物夫(仮)を恋に落とす方法

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 彼から視線を外し、私はチクチク痛む胸をギュッと掴んで淡々と言う。
「孝介さんがいないのは一週間ですよね。それぐらいの間、お留守番できますよ。それまでには私の部屋も復活するだろうし」
「……」
 私の様子がおかしいと思ったのだろうか。孝介さんが息を呑んだのがわかった。
 だが、孝介さんには、ここで時間を潰している暇はないのだろう。
 孝介さんは革靴を履いたあと、私を振り返って真剣な面持ちで言った。
「俺の部屋、帰ってくるまで使っていてもいいから」
 それだけ言うと、孝介さんは出て行ってしまった。
 バタンと扉が閉まる音がして、私と孝介さんの境界線が出来てしまったように感じる。
 リビングに戻って、孝介さんの部屋をグルリと見回す。
 孝介さんがいなくなった部屋はシンと静まりかえっていて、一気に寂しさが込み上げてくる。
 先ほどまでは拗ねて孝介さんの顔を見ることもできなかったくせに、なんて我が儘な感情だろう。
 こういう態度こそ、子供と言われる所以なのに。
「あ、そろそろ業者が来る時間かも」
 時計を見れば、もうすぐで九時になろうとしている。
 大きく息を吐き出したあと、目に浮かんでいた涙をグッと拭う。
 着替えなどを入れたトートバッグを引っ掴むと、孝介さんの部屋を後にした。
 
 * * * *
 
 孝介さんが仕事で家を空けてから、私は仕事が終わるとまずは孝介さんの部屋に立ち寄るのが日課となっていた。
 一日、二日、と日が経つたびに、寂しさがより込み上げてくる。そして、早く孝介さんに会いたいという気持ちがふくれあがっていく。
 あれだけ痛い目に遭ったというのに、私は結構ポジティブなのかもしれない。いや、混乱しているだけだろうか。
 子供として扱われている現在だが、未来はわからない。
 今度は違う方法で大人だとアピールするのもいいだろうと思う反面、そんなことを考えながらも、実は怖くてしかたがない自分も存在する。
 孝介さんが、一生私を子供扱いしてきたらどうしよう。私の気持ちが届かなかったらどうしよう。
 そんな不安も押し寄せているのは確かだ。
 それに、孝介さんを迎えにきた中島さんの敵意に満ちた視線が忘れられない。
 中島さんは、孝介さんの近くにいる私が気に入らないのだろう。
 彼女は、私に何か言いたそうな様子だったが、何を言いたかったのだろうか。
 家主がいない部屋を掃除する手を止めてため息をつく。
 彼の言葉に甘えて、あの日からずっとこの部屋で過ごしている。
 本当はもう自分の部屋も使える状態だ。だけど、私は孝介さんの部屋で彼の帰りを待っていたい。我が儘だって分かっている。だけど……少しの望みに賭けてみたいとも思うのだ。
「ああ……もう、やだぁ」
 持っていたモップを壁に立てかけ、私はソファーに寝転がった。
 少しの希望なんて実はない。ただ、そう思っていたいだけなのだ。
 孝介さんが仕事から戻ってきても、私のことを恋人として接してくれる日は訪れないだろう。
 あれだけ保護者の姿勢を崩さない孝介さんだ。私を恋人にしようとは思っていないはずだ。
 彼の同僚に「夫婦だ」と話したことだって、何か裏があるかもしれない。
 実はあの場に孝介さんの彼女がいて、その人と別れたいと思っていた孝介さんは、わざと私のことを高槻部長の娘としてだけではなく、結婚しているなどと嘘をついて別れ話を切り出すきっかけにした可能性もある。
 なんにしろ、私は孝介さんにとって今も昔も子供なのだ。
 そろそろ諦めた方がいいのかもしれない。そして孝介さんを解放してあげるべきだろう。
 お父さんを何とか説得して、孝介さんを助けてあげるべきだ。
 頭では分かっている。だけど、もう少しだけ一緒にいたい。そう考えるズルイ自分もいて愕然とする。
 スケジュール帳を見て、日にちを数えてみる。予定でいけば今日、孝介さんが帰ってくるはずだ。
 孝介さんのことだ。帰ってくる日には連絡をくれるんじゃないだろうか。
 片時もスマホを手離さずにドキドキそわそわして待っていると、孝介さんの自宅の電話が鳴りだした。
 出ようかどうしようか。とても迷っていると、留守電に切り替わった。
『中島です。高槻部長の娘さん、そこにいらっしゃらないでしょうか?』
 電話の主は、数日前にこのマンションにやってきた中島さんだった。それも私に用事があるらしい。
 電話に出ようか、出るのを止めようか。迷っている間にも、中島さんは留守電にメッセージを入れていく。
『永倉チーフから言伝です。書類が入った茶封筒があるから持ってきてほしいそうなのですが。届けていただくことは可能でしょうか』
 そういえば玄関に茶封筒が置いてあった。慌てて玄関に行って見ると、靴箱の上に茶封筒が置いてある。
 あの日、慌てていた孝介さんは茶封筒を持っていくのを忘れてしまったのだろう。
 玄関先にも聞こえる留守電の声に、私は再び耳を澄ました。
『もし、このメッセージを聞いていましたら、申し訳ありませんが弊社までご足労願えませんでしょうか。失礼いたします』
 一方的な電話だった。私は茶封筒を手に持ち、途方に暮れる。

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