【16話】堅物夫(仮)を恋に落とす方法

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 ゴクンと唾を飲み込み、私は孝介さんに声をかけた。
「あの、孝介さん」
「どうしたの? 穂乃果ちゃん」
「えっと、その……お風呂借りてもいいですか?」
「お風呂……」
 やっぱり迷惑なのだろうか。シュンと項垂れようとしたが、待てよ、と考え直す。
 孝介さんが戸惑っているのは、単にお風呂を他人に貸したくないということではなく、もしかしたらお風呂上がりの私を見てドキドキしてしまうからという理由かもしれない。
 そのまま襲いかかりそうだから危ない、なんて理由だったりしたら……私の色仕掛け作戦は成功へと導かれるだろう。
 ドキドキしつつ孝介さんを見つめると、彼は諦めたように小さく息を吐き出す。
「いいけど……穂乃果ちゃんの部屋、スプリンクラーはリビングと寝室だけじゃないのか? お風呂は使えると思うんだけど」
「!」
 確かにその通りではある。だが、ここで「じゃあ、お風呂入りに帰りま~す」と言ってしまえば、この作戦は終了だ。
 何が何でも、孝介さんちのお風呂に入る。そんな覚悟と決意を胸に彼を見つめると、盛大なため息をつかれてしまった。
 ああ、これは「家に帰りなさい」指令が来るかもしれない。やりすぎた。
 後悔の念にかられていると、孝介さんは困ったように肩を竦める。
「いいよ、使っておいで」
「ありがとうございます! 孝介さん!」
 承諾さえ得られたら、こちらのものだ。孝介さんの気が変わらないうちにお風呂に入ってしまおう。
 そうすれば、「やっぱりなしに」という言葉を聞かなくても済むはずだ。
 私は家から持ってきた着替えとタオルが入ったトートバッグを肩にかけ、早足でお風呂場に駆け込んだ。
 扉を閉めて、私はコッソリとガッツポーズをする。
「よし。いいぞ、私。今回はうまくいっているはず」
 この作戦がもしダメだったら、七海から伝授してもらった策はもうない。
 それぐらい、あとは自分で考えなさいよ、とニシシと意地悪く笑う七海の顔が浮かぶ。
(あのね、七海。もっと初心者向けの色仕掛け策を考えてよ)
 ここにはいない七海に悪態をつきながら、お風呂に入った。
 スプリンクラーの水のせいで髪も少し濡れてしまっていたので、シャワーを浴びてスッキリした。
 さて、問題はここからである。家から持ってきた服に着替えるつもりだが、この服はいつものパジャマじゃない。
 胸元が大きく開いているTシャツに、太ももが露わになるほど丈が短いショートパンツだ。
 それに着替えたあと、扉に手をかけて何度も深呼吸をする。
 七海に伝授された色仕掛け作戦だが、私にしてみたらどれもこれも難易度が高いものばかりだ。
 普段、人前でこんなに肌を露出するような服は着ないし、なにより男性を前にして女の武器をちらつかせることなんてしたことがない。
 元々男性とお話することもうまくできない私。はっきり言って孝介さんにしている色仕掛けをしながら、羞恥心でどうにかなってしまいそうなのだ。
 だけど、私を奮起させている理由は、ただ一つ。
 これを逃したら、一生孝介さんは私のことを女として見てくれないと思うからだ。
 ギュッと両手を強く握りしめたあと、私はゆっくりと脱衣所から出て、孝介さんがいるリビングへと足を向けた。
 そこには先ほどと同様、本を熱心に読んでいる孝介さんの背中が見える。
 私がリビングにやってきたのに、背を向けたままだ。
 こちらを見てくれないと、今回の色仕掛け作戦は成功しない。
 どうしたら見てくれるだろうか。先ほどみたいに孝介さんに擦り寄ってみようか。
 だけど、そこで拒絶されたらどうしよう。絶対に立ち直ることはできない。
 普段こんな露出が多い恰好をしない私としては、もう色々限界ではある。
 一目散に脱衣所に逃げ込み、いつもどおりの私スタイルにしてしまいたい。
 色仕掛けなんて私には無理だったのだ。ああ、もうダメだ。逃げてしまおう。
 そう思った瞬間だった。孝介さんが私を振り返ったのだ。
 彼と目が合う。一瞬、時が止まったように感じた。
 胸の鼓動もドクンと大きく高鳴り、一瞬止まってしまったかと思ったが、キチンと動いている。それどころか、ドンドン鼓動が早まっていく。
 こんな姿を他人に見せるのは初めてだ。それも大好きな孝介さんに……
 身体中の血液が沸騰しているんじゃないかと思うほど、身体が熱くなっていく。
 何か言ってほしい、だけど言ってほしくない。矛盾している感情を抱きながら、孝介さんからの言葉を待つ。
 孝介さんは私を見たとき、一瞬目を見開いたような気がした。だが、それは気がしただけだったようだ。

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