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【5話】失恋おやゆび姫は溺愛紳士に翻弄されてます

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 十一月も半ば。木枯らしが吹き荒れ、いよいよ冬本番。けれど社内の温度は一定に保たれていて、外の寒さをまったく感じない。
 週の真ん中。午後の勤務が始まって約一時間。オフィスには電話が鳴る音、パソコンキーを叩く音、社員同士の会話。たくさんの音で溢れている。
 なのに自分の耳には、目の前で風見さんが私の提出した書類を捲る音が、異様に響いていた。
 私が風見さんに提出したのは、セールスキャンペーンの企画書。新入社員の私も、年明けから先輩たちと同じように企画書を提出できるようになる。
 そのための練習として、過去に発売された商品について二週間に一度企画書を作成し、風見さんに見てもらい、アドバイスをもらっているのだ。
 それも今回で五回目。けれどこの見てもらっている沈黙の時間が恐ろしく緊張してしまう。
 ただジッと彼が読み終わるのを待つ。
 隅々まで企画書に目を通し終えると、風見さんは真剣な面持ちで私を見据えた。
「書き方やデータの記し方、よくなっているね」
「……っ本当ですか!?」
 嬉しくて思わず大きな声を出してしまうと、風見さんは目をパチクリさせた後、口元を手で覆いクスクスと笑い出した。
 すぐに居たたまれなくなり、無駄に両手の指と指を絡ませてしまう。
 いや、だって今までたくさんダメ出しされてきたのに、よくなっていると言われちゃったら、誰だって嬉しくて大きな声も出てしまうものじゃない?
 なんて言い訳を心の中でしていると、風見さんは咳払いをひとつした後、また表情を硬くした。
「でもやっぱりオリジナリティに欠けているかな」
「オリジナリティ……ですか?」
 思わずオウム返ししてしまうと、風見さんは眉毛をハの字に下げた。
「なんていうのかな、女性だからこその視点というか、リスちゃんだからこういった案を出せるんだっていうものが足りない」
 私だから……か。
 言われてすぐに納得できてしまう。だって私が提出した企画書は、テンプレート的なものを、ちょっといじっただけのものだから。
 でも私だからこそ出せるアイディアってなんだろう。お菓子は大好きだし、美味しいお菓子を世の中の人にも、たくさん知って欲しいと思う。だからこそ販売促進部を希望したんだ。それなのに、だめじゃない。
 気持ちの下降と比例するように視線も落ちてしまった。
「……リスちゃん?」
 私の様子を探るような声にハッと我に返り、慌てて視線を上げると、風見さんが申し訳なさそうに私を見つめていた。
「あっ! すみません、ありがとうございました。また二週間後ご指導お願いします」
 あぁ、もう私ってばなにやっているかな。風見さんの前で落ち込むなんて。風見さんは教育係として指導をしてくれているのに……! 気遣わせちゃってどうするのよ。
 頭を下げ「失礼します」と言い、その場を去ろうときびすを返したときだった。
「あー……もうどうしてそう、一々ツボを突いてくるかな」
「――え、キャッ!?」
 あっという間に私の身体は、背後から風見さんに包み込まれてしまった。
「嬉しそうな顔も、落ち込む顔も、平気なフリしちゃうところもすべてが可愛いんだけど、どうしたらいい?」
「……っ! そんなの知りません!!」
 ジタバタするものの、がっちりホールドされてしまっていて、彼の腕の中から抜け出せそうにない。オフィス内からは「また始まった」といった声が聞こえてきた。
「怒るのも可愛い」
「え、ちょっと風見さん!?」
 身体はふわりと浮き上がり、地に足が着かなくなる。
 ちょっと勘弁してほしい! これじゃまるで――……。
「やだ、見て。リスちゃん子供みたい」
「本当だ。お兄さんにあやされている妹図じゃん」
 自分が思ってしまったことを、遠巻きに見ていた先輩社員が、クスクスと笑いながら話しているのが聞こえてしまい、恥ずかしくて伏せてしまった。
 やっぱりそう見えちゃうよね。私と風見さんの身長差、三十五センチもあるし、なにより彼は大人っぽいし……。必然的に兄と妹に見えてしまうはず。ましてや今の抱き抱えられている状況を見たら余計に。
 それなのに風見さんは軽々と私の身体を抱き上げたまま、「可愛い」を連発するばかり。

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