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【15話】失恋おやゆび姫は溺愛紳士に翻弄されてます

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 けれどこのまま抵抗しないのも、変に思われてしまいそうだと思い「離してください」と言いながら身体をジタバタさせた。
 すると彼はあっさり私の身体を解放してくれたけれど、私を見下ろし愛しそうに見つめてくるものだから、恥ずかしくて視線を泳がせてしまった。
「とりあえず片付けしちゃおうか。俺が洗うからリスちゃんは布巾で拭いて、食器棚にしまってくれる?」
 そう言いながらワイシャツの袖を捲り始めた風見さん。
「え、そんな! 片付けなら私ひとりで大丈夫ですから」
 風見さんに手伝ってもらうなんて、申し訳なさすぎる。そう思ったんだけど、彼は湯呑を洗い始めた。
「いいから。それに俺、七瀬課長にリスちゃんひとりに片付けお願いしたって聞いて手伝いにきたんだ。……けっこう大変じゃん、ひとりで全部片付けるなんて。だから毎回部署ごとに、順番にふたりでやることになっているのにさ」
 そうだったんだ、だから風見さん来てくれたんだ。なにこれ、どうしよう。……すごく嬉しい。
「だからリスちゃんは気にしないでいいの。もともとふたりでやるものなんだから。わかったら拭いてくれる?」
「あ、はい!」
 言われるがまま布巾を取り、風見さんが洗い終えた湯呑を拭いて食器棚にしまっていく。
 なんか調子が狂ってしまう。今日一日だけで、どれだけ風見さんに翻弄された?
 私のこと小動物としか思っていないような人なのに。なのに、不覚にもドキドキさせられっぱなしじゃない。
 それが悔しくてその後は必死に胸の高鳴りを鎮め、風見さんに手伝ってもらい会議室の片付けを終えた。
 
「あの、風見さん本当にありがとうございました」
 会議室を後にし、肩を並べてオフィスに戻る途中に伝えると、彼はすぐに「お礼を言われるようなことじゃないでしょ」と言った。
 そんなことないのに、恩着せがましくないところは風見さんらしいのかもしれない。
 するとなぜか彼はオフィスではない方向へと進み始めた。
「え、風見さん?」
 オフィスはそっちじゃないよね? そう思いながらも彼の後を追っていくと、辿り着いた先は各階にあるイートインスペース。ちょっとした休憩スペースとなっており、自販機も設置されている。
 そこで風見さんはポケットから財布を取り出し、自販機にお金を入れ始めた。
「あの、風見さん……?」
 喉が渇いたのかな? だからここに来たの?
 すると風見さんは買ったミルクティーを私に差し出した。
「はい、リスちゃん」
「え?」
 意味がわからず、差し出されたミルクティーと風見さんを交互に見てしまうと、彼はクスリと笑った。
「早く受け取ってよ、これリスちゃんの分なんだから」
「私の分、ですか?」
「そう」
 半ば無理やり私に渡すと、風見さんは自分の分のブラックコーヒーを買い、プルトップを開けた。
「片づけ頑張ったご褒美」
「ご褒美……」
 オウム返ししてしまうと風見さんはコーヒーを飲みながら、笑うばかり。
「少しは息抜きも必要ってこと。仕事もね、キリキリやってもいいことないし、休むことも大切だからね。あっ、もちろん他の人には内緒だよ」
 カッコイイことを言っておきながら、最後に釘を刺してきた風見さんに思わず笑ってしまった。
「はい、わかりました。……いただきます」
 お言葉に甘えて私も頂こうとプルトップを開けた。
 するとなぜか缶をギュッと握りしめ、プルプルと震え出した風見さん。
「……どうかされました?」
 不思議に思い聞くと、いつもの彼らしい言葉が返ってきた。
「あーもう! どうして缶を開けた状態でそんなこと言うかな! 抱きしめられないじゃん」
「抱きしめないでください!」
 すぐに言い返すと、彼は行き場のない気持ちを発散させるように、大きく息を吐いた。
「リスちゃんが悪いんだからね。缶ジュース一本でそんな可愛い笑顔見せるから。……その顔、今朝子リスをあげたときに見せて欲しかったよ」
 ブツブツと文句を言いながらコーヒーをチビチビ飲み進める風見さん。
 申し訳ないけれど、今朝の子リスより、たった百三十円のミルクティーの方が嬉しいよ。
 この一杯には風見さんの優しさや気遣い、すべてがたっぷり詰まっているから。
 
 文句を言い続ける風見さんの隣で、この日飲んだミルクティーの味を、私はきっと一生忘れないと思う。
 今まで飲んだどのミルクティーより、美味しかったから。

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