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【13話】失恋おやゆび姫は溺愛紳士に翻弄されてます

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「ひとりでも全然平気です。来るのが遅くなり、お待たせしてしまってすみませんでした。どうぞ打ち合わせに向かってください」
 捲し立てるように言うと、七瀬課長は再び申し訳なさそうに「すまない」と謝ると、珍しく駆け足で会議室から出て行った。
 忙しい人なのに、こちらこそ申し訳ないことをしてしまった。
 ひとりになると、驚くほど広い会議室内はシンと静まり返る。室内を見回せば、テーブルの上には人数分の湯呑ゆのみがあってゴミもちらほら。でもこれだけなら片づけはひとりでも充分だ。
 テーブルに並べられている湯呑をまとめていく。
 七瀬課長って本当に素敵だよね。仕事がデキるのにそれを鼻にかけないし、いつでも冷静で指示は的確。厳しさの中に優しさもあって、さっきみたいに待っていてくれたり、謝ってくれたり。……うん、やっぱりあの日の彼は七瀬課長な気がしてならない。
 湯呑を入れるかごを取りに、会議室内の一角にある給湯室へと向かう。
 でも、な。もし……もしも本当に七瀬課長があの日の彼だったとしたら? 私はどう思うのかな? 嬉しいって思う? もしかして好きになっちゃったりする?
 思わず足が止まってしまった。
 いや、考えられない。例え七瀬課長があの日の彼だったとしても、好きになるなんて……!
 そもそも好きになるかどうかとか、そんな安易的あんいてきなことを考えている時点で子供だよね。七瀬課長とは歳が十歳も離れているんだよ? 彼からしてみたら私なんて子供だろうし、なにより私にとっても七瀬課長はやっぱり頼りになって、尊敬できる上司でしかないから。
 あの人のことは、ただ気になっているだけで、別に好きとかじゃないし。
 心の中で言い訳しながら再び歩みを進め、給湯室からかごを持ってきて、湯呑を入れていく。
 ただ、あんな風に自分のことを庇ってくれた人がどんな人なのか、知りたいだけ。
 見た目で判断されたりすることが多かった。それなのにあの人は研修中の私の様子を見て判断してくれた人だったから。
 そんな人なら、私のことを女の子として見てくれるのかもしれない……って思っちゃっても仕方ないじゃない?
 まぁ、本当に七瀬課長だったなら、淡い期待は儚く消えてしまうけど。
 すべての湯呑をかごの中に入れ終わり、給湯室に運ぼうと持ち上げたけれど、意外と重くて再びテーブルに戻してしまう。
「やばい、入れ過ぎたかも」
 でもせっかく入れたのに、また出すのも正直面倒だ。それに運ぶ先は同じ会議室内にある給湯室。
 少し頑張ればいけるよね、これくらい。
 小さく深呼吸して気合いを入れ、面倒なことは一度で済ませてしまおうと思い、かごを持ち上げ早足で給湯室へと向かう。
 けれどやっぱり重くて辿り着く前にふらついてしまった。
「嘘でしょ」
 必死にバランスを取るものの、身体がいうことを聞いてくれない。このままでいったら、確実に転んで湯呑を床にぶちまけてしまう。
 それだけはなんとしてでも避けたい。よろめきながらどうにか前へと進んでいくと、いきなり会議室のドアが開かれた。
「リスちゃん、悪かったねひとりでやらせて――……」
「キャッ!?」
 突然開いたドアと聞こえてきた声に驚き、身体のバランスを崩してしまった。
 だめだ、転んで湯呑も全部落としてしまう。そう、思ったんだけど。
「リスちゃんっ……!」
 駆け寄ってくる足音と切羽詰った声。次の瞬間、私の身体は正面からかごごとしっかりと抱き留められた。
「……っと、セーフ」
 そう言うと風見さんはすぐに私から湯呑の入ったかごを奪った。
 そしてジロッと鋭い目で私を見下ろしてきたものだから、たじろいてしまった。
「なにやっているの! 俺が来なかったらどうなっていたか、わかってる!?」
 そしていつになく怒りを含んだ声を荒げる彼に、怯んでしまった。
「す、すみませんでした」
 たまらず頭を下げた。
 けれど風見さんの言う通りだ。無理してあのまま運ぼうとしていたら、派手に転んで湯呑を全部落とし、割ってしまっていたかもしれないのだから。
 ただひたすら謝ることしかできない。なにより本気で風見さんが怒っているのが伝わってくるから。片付けだって立派な仕事のひとつなのに、私は面倒だから一気に運んでしまおうなんて考えてしまったわけだし。
 あと少しで会社の湯呑を全部だめにしてしまうところだった。

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