『犬猿同期の俺と彼女』
六年たった今も、俺は彼女との出会いをずっと忘れられずにいる。なぜならあの日から俺の長い片想いの日々がはじまったのだから。
幼い頃、両親と行った楽しい思い出しかない場所。それが大泉百貨店だった。
いつからか両親の仲は険悪になり、俺が中学生の時に離婚。両親が決めたことだからと強がっていたけれど、本当は寂しかった。
素直な気持ちを伝える術がなく、行き場のない思いを抱えて向かった先はいつも大泉百貨店だった。
たくさんの買い物客の笑顔や笑い声で溢れ、ここに来ると昔の記憶が蘇り、自然と笑顔になれた。
これから先も、大泉百貨店は笑顔が溢れる場所であってほしい。そんな思いで入社試験を受け、夢だった大泉百貨店への第一歩である入社式に挑んだわけだけど……。
やばい、緊張してきた。
今日からここで働けると思うと嬉しい反面、希望の部署に配属されるか、うまくやっていけるか、結果をしっかり残せるか不安になる。
大きく深呼吸をして緊張を解していると、隣から笑い声が聞こえてきた。
わ、笑われた……? ショックを受けながら隣に座っている相手を見る。すると彼女と目が合った。
『ごめんなさい、笑っちゃったりして。私と同じで緊張している人がいるんだって思うと、なんか嬉しくなっちゃって』
そう言って話し掛けてきたのが、片岡だった。
小柄で愛らしくて〝可愛い〟って言葉がぴったりな子。それが彼女に抱いた第一印象だった。
『私、片岡菊。あなたは?』
『あっ……櫻井虎』
見惚れていた俺は彼女の声にハッとし、慌てて名乗る。すると彼女は顔いっぱいに笑みを浮かべた。
『虎って名前、カッコいいね。私は菊なんて古くさい名前だから羨ましい』
『いや、そんなことは……』
あまりに彼女の笑顔が眩しすぎて、まともに顔を見られなくなる。言葉が続かず顔を伏せた。
同時に胸の鼓動が速さを増していき、今まで感じたことのない気持ちに支配されていった。
なんだ、これ。どうして胸と鎖骨の間が痛むんだ? 別に怪我しているわけじゃないのに……。
芽生えた感情と痛みに戸惑っている間も、彼女は可愛い笑顔を見せて俺に話し掛けてくる。
その姿に声に表情に、不安な気持ちなど吹き飛び、俺の心は彼女に奪われていった。
『櫻井、さっきの先輩の話、ちゃんと聞いてた? 私には寝ているように見えたんだけど』
『アホ、ちゃんと聞いていたわ。そういう片岡こそ寝ていたんじゃねぇの?』
『失礼な! 寝るわけないでしょ?』
入社式後、俺たち新入社員は一ヵ月の合同研修期間に入った。片岡をはじめ、井口や矢神と同じグループになり話す機会が増えた。
片岡は第一印象とはまた違った魅力を持っていた。サバサバしていて、言いたいことはズバズバ言う。
負けず嫌いで一生懸命で、何事も全力投球。でもやっぱり笑顔が可愛くて、気心が知れたらとことん甘えてくる。
彼女のことを知れば知るほど、俺はますます惹かれるばかり。
乙女かよ! って突っ込まれそうだけれど、大勢いる同期の中で俺と片岡は共に本社勤務となり、さらには販売促進部企画課に配属されたとなれば、運命の相手だと思うだろ?
偶然にしては出来過ぎている。これはもう神様が俺と片岡を出会わせ、生涯を共にしろと言っているとしか思えない。
勝手に盛り上がった俺は、少しでも片岡の気を引きたくて誰よりも仕事に打ち込んだ。
単純な俺は、片岡に仕事がデキるところを見せたら、『すごい櫻井、カッコいい!』そう言ってくれると信じて。
その甲斐があって企画課で初めて、入社一年目にして企画案が採用された。元々やりたい仕事だったこともあり、その後も先輩を差し置いて俺の企画案が採用されていった。
周囲には一目置かれ、羨望の目で見られるようになった。仕事がデキると、自然とモテるようになり、きっと片岡も少しは俺のことを好きになってくれたはず。……そう思っていたのに現実は違った。
俺の企画案が採用されるたびに、彼女には鋭い眼差しを向けられ、次第に言葉を交わす回数も減っていった。
そしてついに言われたのだ。悔しさを前面に出し『櫻井にだけは、絶対に負けないから!』と。
負けず嫌いの片岡に俺はいつしか敵対視されるようになった。……ショックだった。こんなはずじゃなかったのに。――でも。
『もう悔しい~! どうして櫻井に勝てないの!?』
彼女は感情を隠すことなく俺にぶつけてくる。最初はショックだったけれど、頬を膨らませてジロリとした目を向けられると、その姿も可愛いと思えてきた。