作業しやすいようにストレートの髪を一つに束ねているが、メイクは派手目だ。
おそらく二十代半ばだろうか。話し方の雰囲気からは、ともすれば学生のアルバイト店員に見えなくもない。実際初見では店長に見えなかったのだから。
けれど若くして店舗を任されるなんて、経営手腕が素晴らしいのだろう。人は見かけによらない。
感心しながらも健太と前野店長の会話に耳を傾けた。
「そうそう、以前いらしたときに書いていただいたポップ! 飾ったらすっごく売り上げが伸びたんですよ。きっと文字からも高倉さんのイケメンぶりが伝わるんですよ! だから、またお願いしますぅ。それに~、もっとマメに来てください~」
「私が書いたものが貢献できたなら幸いです。またいいポップを考えて持ってきますよ」
前野店長の少々オーバーに思える表現にもさらりと受け答えるのはさすがだ。こういうことに慣れているのかもしれない。
そしてじっと見つめてくる前野店長に爽やかな営業スマイルを向けつつ、健太は愛梨に一歩前に出るよう促した。
「今日は私の補佐を連れて来たんです。これからは彼女が店舗に来ることがありますので」
「あの、園田愛梨と申します。よろしくお願いします」
お辞儀をしながら名刺を差し出すと、前野店長は丁寧に受け取りながらも、引きつったような曖昧な笑顔を向けてくる。
「前野です。よろしくお願いします。真面目そうなお方で、嬉しいです」
あからさまに「健太が来ないなんて残念だ」と言うことはないけれど、表情と抑え気味の声音にしっかり出ていた。
「私は、主に繁忙期に来ることになると思います」
すべて受け持つことはないと愛梨が伝えると、前野店長の目がきらりと輝いて、思わず苦笑した。
健太は会社だけでなく、取引先でも人気があるのだ。きっとほかの店舗でも女子従業員のハートを射止めているに違いない。
──でも人気がありすぎると、却って困ることがありそう……。
愛梨は前職でのことを思い出してしまい、少し憂鬱な気持ちになった。健太のような人気があったわけではないけれど、愛梨は困った経験をしたのだから。
「すみませ~ん。お願いしま~す」
店の入口方向から声がかけられ、前野店長はすばやく振り向き「今行きま~す!」と受け答えた。
同時にハッとした愛梨も、前職での出来事から思考を離した。今は新しい職場なのだ。以前の事はもう関係ないと思いたい。
「すみませ~ん、高倉さん。お客さんですぅ。今の時間は私以外に誰もいなくてぇ」
「はい、どうぞ対応してください。私どもは売り場をチェックしてから帰りますので」
ぺこりと頭を下げた前野店長は小走りで去っていった。
その背中を見送った後、健太とともに自社製品のある棚に向かう。
「売り場のチェックとは、なにをすればいいか分かる?」
いきなり問題を出されて愛梨は首をひねって唸る。
前職では企業を訪問したことはあれども、こんなふうに実店舗まで来ることはなかった。
「えっと……適正価格で売られているか。賞味期限の迫った商品はないかを見るのですか?」
「さすが園田さんだ。でももう一歩踏み込んだチェックをしようか」
健太はニッと笑って愛梨を棚の傍まで誘導し、指導を始めた。
この店舗では、ワイン、ビール、発泡酒、日本酒など種類豊富に取り扱ってくれている。
それの商品整理をしつつ、商品が少ないものを倉庫から出してきて並べる。そして倉庫在庫の薄いものをチェックして注文を入れてもらうようにお願いするのだ。
こういう地道な訪問が取引先からの信頼を得て、マメな仕事ぶりが営業成績という成果につながっているのだろう。
健太が早くに主任となったわけが垣間見えた気がした。
──高倉さんのこと、尊敬できる。
仕事をしている彼は生き生きとしていてとても素敵なのだ。それは今まで一度も経験したことのない感情で、愛梨は彼の補佐として仕事ができることを嬉しく思うのだった。
──これから先も精一杯サポートできるように頑張らなくちゃ!
もう一件の店舗にも寄って売り場チェックを済ませると、愛梨は初の営業同行を終えた。
店舗から出て車に乗り込むと、時刻は四時を回ったところだった。オフィスに戻ったら、すぐにデスクワークに取り掛からねばならない。
まずメモを取った事柄をまとめて書類に起こして、それから……。
彼の役に立とうと、張り切って頭の中で帰社した後の段取りを考える。
今のうちに不明な点を確認しておこう。そう思ってメモを見返そうと鞄の中から取り出した、そのとき。
「園田さんは、この後は時間ある?」
「……え?」
健太からの唐突な問いかけに、愛梨はきょとんとして彼を見た。
──この後って、社に戻ってからってことかな?
車は信号待ちをしているため、健太は前を見ずに愛梨の方を向いている。
笑顔はなく、真剣なまなざしで──でも今日一日見ていた仕事中の彼の表情とは、違うような……そう、少し不安そうな感じにも見える。
──気のせいかな?