【7話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

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 愛梨は健太の言葉をひとことも聞きもらさないよう、しっかりと気を引き締めた。
 行き先は関東近郊にレストランを展開する企業の本社だ。すでに大手飲料メーカーが入っているが、新規の事業を展開する情報を掴んだ健太は、メリーの商品を使ってもらうべく営業を重ねていると言う。
「今日こそ、決めるつもりでいるんだ。ここまでで、なにか質問は?」
 健太の問いかけに首を横に振りつつ「なにもありません」と伝える。
 最後の詰めの営業に同行するなど、緊張と不安と期待感で愛梨の心臓が高鳴った。男性社員と一緒にいて、わくわくするような感情を抱くのは初めてだ。
 車は減速して駐車場にゆっくりと入り、健太のハンドルさばきで鮮やかに停車する。
「さあ、行こうか」
「はい!」
 そびえるビルを見上げる健太の横顔からは、湧きたつような気概が感じられる。
 彼に迷惑をかけられない。男性が苦手な感情には蓋をしなければ、仕事にならないのだ。
 愛梨も背筋を伸ばし、補佐の役目をしっかりと果たすべく彼の横に並んだ。
 こうして愛梨は初の営業同行に挑んだ。
 
 
 補佐は、加奈子たちが言うような営業の華や飾りではなかった。健太と一緒に仕事をした愛梨には、そう思えた。
 相手方の質問と健太の受け答えをメモに取ったり、彼の合図に従って用意したパンフレットを鞄の中からサッと取り出したりと、とにかく忙しい。会話の合間に、にこっと笑顔を向ける程度で、彼女たちが言ったようにひたすら愛想を振りまく余裕などはなかった。
「ごめん。車中食で悪いけど」
「いいえ、かまいません」
 訪問先での話が長引き、少し遅めのランチタイムとなった二人は、コンビニで買ったおにぎりを営業車の中で食べることになった。
 おにぎりの海苔をご飯に巻きつつ、健太に話しかける。
「……普段も、車の中で食べることが多いんですか?」
「俺のランチ食堂は車の中っていうくらい、毎日がそう。たまに公園でも食べるけど、店の中で食べることはないかな。出来上がりを待つ時間がもったいないから」
 そう言っておにぎりにかぶりつく彼は、急いで食べているようだけれど下品さがない。きちんと食事のしつけをする家庭で育ったのだろうと思えた。
「そうなんですか」
 健太のスケジュール管理をしてはいるけれど、実際一緒に行動してみて初めて分かる。営業の仕事は想像以上に忙しいのだ。新規開拓のほかにもマメに顧客を回ったりしなければならないから、分刻みで動いているように思う。
『言われない限り、俺は全力で動いちゃうから』
 あの言葉は、初めての同行をする愛梨を気遣っただけではなく、まさに毎日がその通りだからこそ出たのだ。ぼやぼやしていたら、行動が遅れて内容を記録することもできず置いてきぼりにされてしまう。
 そう思ったこの瞬間、すでに後れを取っていることに気づいた。彼はおにぎりを食べ終わっており、ペットボトルのお茶をゆっくり飲んでいる。
 ──もう全部食べちゃったの? 早い!
 健太が購入したおにぎりは三個あったはずだ。それがもう包装ごみだけになっている。愛梨はまだ一つめだというのに。
 慌てておにぎりにかぶりついて一生懸命早く食べようとしていると、健太のスマホに着信が入った。
 受け答える丁寧な口調から、相手が取引先だと伝わってくる。
 話をしながらビジネスバッグを探って書類を取り出そうとしているので、手伝おうと手を伸ばすと押しとどめるように手のひらを見せられた。ついで指先を口もとに持っていって食べるジェスチャーをされる。
 ──そっか。電話しているうちに食べちゃわなきゃ!
 喉に詰まらないよう、お茶を飲みながらおにぎりを食べ終えると、健太も通話を終えるところだった。
「もう行ける?」
 健太はスマホをポケットに戻しながら愛梨に問いかけてくる。ペットボトルの蓋を閉めながら「行けます」と答えると、彼は車をスタートさせた。
 午後からの予定は二件。メリーの商品を仕入れていただいている実店舗を回るのだ。
 売り場のチェックをするのが目的だけれど、たまに持参した手書きのポップや販売促進のポスターなどを飾らせてもらうこともあるという。
「繁忙期に入ったら園田さんに店舗回りを頼むことがあるかもしれないから、今日は顔繋ぎも兼ねてるんだ」
 店舗に入るとすぐに、黒いエプロンを付けた若い女性店員が健太を見て、急ぎ足で近寄ってきた。
「高倉さん! お久しぶりですぅ。今日は売り場チェックですかぁ?」
 語尾を上げる口調で言う彼女の目が輝いていて、すごく嬉しそうに見えるのは愛梨の気のせいではない。
 丁寧に会釈をする健太に倣って愛梨も頭を下げる。
前野まえの店長ご無沙汰しています」
 思わず「え?」と声を出しそうになり、慌てて口をつぐむ。

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