「リクスーだけじゃないけど、全部暗い色です。あの、そういう色が好きなので」
そう答えると二人は大仰に首を横に振った。
「お話にならないわ。さすが、恋愛戦力外女子ね……」
オフィス内の社員数人が三人のやり取りに気づいて視線を向けてくる。
思いもよらずに目立っていて居たたまれない気持ちになった愛梨は、なんとかこの場を切り抜けようと懸命に言葉を探した。
「でも、ほら。メイクだけは頑張ったんですよ」
もうこれで勘弁してほしい。そう思いながらほんのり乗せたチークをアピールするように指差した。リップだっていつもより濃く塗っている。愛梨にしては上出来なのだ。
「私が高倉さんの補佐だったら、絶対がんばってお洒落するのに」
そう言って加奈子はがっくりと肩を落とした。
「まあいいじゃないの。これ以上言っても無理みたいだし。それにこれなら高倉さんの補佐にはなれても、彼女にはなれないよ」
妥協点を見つけた弥生が加奈子の肩を叩いて諦めたように言って笑い、加奈子も胸のうちに折り合いをつけたのだろう。お互いにうなずき合っている。
ふたりはそれ以上なにも言うことなく、ため息を吐きながら自席に戻っていく。
どうにか、このままでいいと認められたようである。
──これからのために一緒に服を買いに行こうとか、メイクしてあげるとか言われなくてよかった。
ホッとして自席に座り、朝のメールチェックをしていると、ビジネスバッグを持った健太が来た。
「おはよう。園田さん、今日はよろしく」
エリート営業に相応しく、紺色のスーツをビシッと着こなした健太は、今日も爽やかな笑顔を向けてくる。
きらきらとまぶしいくらいのイケメンぶりだ。加奈子と弥生が『彼の隣に立つならば、相応しい綺麗な格好を!』などと騒ぐのも無理はないと思える。
愛梨は緊張気味に笑顔を返した。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「園田さんも紺色だね」
「すみません、地味ですか」
「そんなことないよ。営業と補佐の服が同じ色だと一体感があるから、俺にとっては好都合だよ。相手側には適度な圧迫と好印象を与えると思うんだ」
この服で正解だと健太が言った瞬間、加奈子と弥生の目が点になった。その後すぐに顔を見合わせて、小声で何事かを話している。
そんな二人に健太はちらりと視線を投げている。
ひょっとしたら彼は先ほどのやり取りを聞いていたのかもしれない。それに服装に言及することで、初めての外回りに出掛ける愛梨の緊張をほぐそうとしているとも思えた。
──やっぱり優しい人なのかな。
「じゃあ行こうか」
そう言って先立って歩く健太の後をぎこちない足取りで追った。
エレベーターのドアを支えて待つ健太の後に続いて乗り込むと、彼は地下駐車場の階数ボタンを押しながら愛梨の方を向いた。
「今更だけど、園田さんは車酔いとか平気?」
「……はい。それは大丈夫です」
「車酔いに限らず体調悪くなったり、なにか困ったことがあったら遠慮しないで早めに言って。言われない限り、俺は全力で動いちゃうから」
「お気遣いありがとうございます」
丁寧な返事をすると、健太はプッと噴き出した。
「まるで取引先を相手にしてるみたいだな。パートナーなんだから、もっと気楽にしてくれていいよ」
そう言ってクスクスと笑うから、愛梨もつられて笑顔を零した。
「たしかに、他人行儀ですよね。気を付けます」
気を付けるといっても、丁寧な言い方になってしまう。パートナーといっても相手は先輩であり、役職付きなのだから仕方がない。
……それにどうしても一歩引いて接してしまう。
「車の中で打ち合わせしながら行くから。園田さんは初めてだし、今日は俺のすることをよく見て、必要に応じてサポートしてほしいんだ」
その際は合図をくれると言う。愛梨にしてほしいことは営業先ごとに違うから、その打ち合わせは移動中の車の中でするとも。
そんな会話をしているとエレベーターは地下に着き、開かれたドアから下りると途端に熱を持った空気に襲われた。
真夏の盛りをとうに過ぎた九月の半ばだが、まだまだ暑い日が続いているのだ。
天候の良い今日もどんどん温度は上がっていくのだろう。日中は空調の利いたオフィスで過ごしている愛梨には少々キツイ気温だ。
だからこそ、彼はエレベーターの中であのようなことを言ったのだ。
同行するのだから、勿論覚悟をしてきたつもりだ。けれどいざ営業車を目の前にすると、どこに乗ればいいものか戸惑う。
情けないけれど仕方がない。それだけ男性への苦手意識が強いのだから。
──常識では助手席なんだろうけど。
「園田さんは助手席に乗って。たくさん回るから、急いで」
サッとドアを開いて運転席に滑り込むように乗る健太からの指示が飛んできて、愛梨は弾かれたように動き助手席に乗り込んだ。
そうするとすぐに車は動き出し、運転する健太からは、最初に訪れる営業先の情報がてきぱきと与えられる。
そうだ。これは遊びではない、仕事なのだ。それも前職の会社とはまったく違う。人材も環境もすべてが。