• HOME
  • 毎日無料
  • 【27話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

【27話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

作品詳細

八章 渾身の愛情表現
 
 部屋に入るとベッドに腰かけるよう誘導され、素直に腰を下ろした愛梨だけれど、健太の服を掴んだまま離せない。
 ──今は離れてほしくない。
 訴えるように見つめたら、彼は横に並んで腰かけてくれた。
「……来てくれて、助けてくれて、ありがとう……」
 涙に濡れた声で言うと、健太は気を落ち着かせるように大きく息を吐き、愛梨の手を優しく握った。
「俺もコンビニに行こうと思って出たのが、ほんと、ラッキーだったよな……あの人は……園田さんの知り合い?」
「例の、セクハラの元上司なんです……会社を辞めさせられたらしくて、それが私のせいだって恨んでるみたいで……腹いせに私を襲って滅茶苦茶にするって……卑猥なことを」
 話しているうちに涙が溢れて止まらなくなり、頬を伝ってはぽたりと落ちた。
 健太は痛みをこらえるような表情で愛梨の横顔を見つめ、握られている手には力が込められていた。
「私、怖い」
 ぽつりと呟いたその声は、消え入りそうなほどに弱弱しかった。
「園田さんっ」
 不意に手からぬくもりが消えて名を呼ばれた刹那、愛梨の体は健太の腕の中にすっぽりと入れられていた。徐々に抱擁が強まっていくなかで、健太の切なげな吐息が髪にかかるのを感じた。
「俺が守るから。あんな奴、もう二度と近づけさせないから。だから怖がらないで、安心してほしい」
 苦しいほどに抱き締められ、ささやかれるように言われた言葉が愛梨の胸を騒がせる。
 〝俺が守る〟
 それは、どういう意味で言っているの。
 ただの同僚として? 友人として?
 それとも違うなにかがあって──。
 健太の手のひらは愛梨の頭部をしっかり支え、彼の胸に押し付けられている。背中にまわされている腕は力強くて、僅かな身動きさえもできない状態だ。
「あの……高倉さん?」
 呼びかけると彼は腕を緩め、手のひらで愛梨の頬に優しく触れた。涙を拭うようにそっとなで、ふと近づいた彼の唇が愛梨のそれに重ねられる。
 触れるだけですぐに離れたぬくもりが遠のいたとき、ようやくその行為に気づいた。
「え……、今の……どうして?」
「俺じゃ、駄目か?」
 愁いを帯びた力強い眼差しを向けられて、胸の鼓動が急速に高まっていく。彼の言動がにわかに信じられなくて、ただじっと見つめていた。
 だって健太には彼女がいる。愛梨が逆立ちしても敵わないほどの女性、紗耶香が……。そう思えば知らずに涙がこぼれていた。
 ──お願い、からかわないで。
「それは……同情、ですか?」
「違う。そうじゃない」
「だって、高倉さんには北上さんがいるでしょう?」
「……どうしてそうなるんだ?」
「いつも仲がいいし、女子社員の間では、婚約間近って噂もあって……」
「噂か……。俺はいつもそれに悩まされるな……。学生のときには、サークルの女子と親しく話していただけで〝二股だ〟と噂が立って、当時付き合っていた彼女に振られたこともあるんだ」
 ──噂だけ、なの? それなら、北上さんは……?
「北上さんは従妹なんだよ。彼女の父親、つまり北上専務は俺の母の弟で、ほかの人よりも親しく接するのは、そのせいだ。それを勘違いされていたとは、迂闊だったな……」
 健太はショックを受けたような声音で言い、苦笑いをこぼした。ついで少し唇を引き結んで、なにかを決意したような真剣な表情になる。
「さっきはいきなりキスしてゴメン。園田さんは純粋だし、悩みを抱えていたから、本当はもっと時間をかけてから告白するつもりだったけど……あんな目に合って震えてるのを見て、もう抑えがきかなくなった」
 愛梨を見つめる健太の瞳が僅かに潤んでいる。その切なさと愛おしさが同居するような眼差しの綺麗さに心を奪われてしまう。
「俺が好きなのはきみだよ。だから俺に守らせてほしいんだ」
 数瞬時が止まったかのように、息をするのも忘れて彼を見つめた。
 だってそんなはずがない。
 愛梨は自他ともに認める恋愛戦力外女子で、それだからこそ健太は普通に接してくれていたのに。
 ──そうじゃなかった、ということなの?
 呼吸が戻った刹那に出た言葉は、問いかけだった。
「……本当に?」
「本当。大真面目だよ。最初の誘い方がアレだったから駄目だと思って、必死に挽回しようとしたんだ。だから、いつだって結構頑張ってアピールしてたんだけどなぁ……」
「あ、アピールって……いつもって、いつ?」
 健太の言動の意味は、意識的に深く考えないようにしていた。愛梨が勝手に一喜一憂していると思い込み、恋心を覚られないように封じ込めようとしていた。
 だってそうしないと、健太は一歩引いて接するようになってしまうと思ったから。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。