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【26話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

作品詳細

 
 健太とエレベーター前で別れ、愛梨は一階にあるコンビニに入った。
 ホテル内にあるコンビニだけあって、愛梨の欲しいものがすべてそろっている。種類こそ少ないものの、全てを購入して部屋に戻るべくエレベーターに乗り込んだ。そのとき──ひとりの男性が、閉まりかけの扉から滑り込むように入ってきた。
 くたびれた感じのスーツに中年太りのでっぷりとした体つきは、どこにでもいるサラリーマンといった雰囲気だ。
 けれど愛梨は何故かその男性に嫌悪感を抱いた。
 エレベーター内には二人だけ。嫌だな……と思ってなるべく視線を向けないようにしていると、男性が愛梨の方に近づいてきた。
「お前に、こんなところで会うとはなぁ。驚いたぜ。運命ってやつか?」
 その身も毛もよだつようなおぞましい声に覚えがあり、愛梨は「ひっ」と声にならない息を吐いた。
「久しぶりだなあ? 相変わらず、いい体してるよな。そんな服着てても、隠しきれないエロさが滲み出てるぞ? 今夜もあの連れの男に、いいとこ揉んでもらうのか?」
 なんとも下品な言葉を吐いて、ねっとりした視線を愛梨の体に向けてくるのは、前職でセクハラをしてきた元上司だった。
 ──まさかこんなとこで会うなんて……! それに、いつ高倉さんのことを見てたの?
 恐怖で声を出すことができず、狭いエレベーター内では逃げることも叶わない。
 レジ袋を持っていない方の腕ががっしり掴まれて、左右どちらにも逃げられないよう角に追い詰められた。胸を鷲掴みにされて、ぐにぐにと強い力で揉まれる。
「気持ちいいだろ? ヤりたくなってきただろ?」
「や……やめてっ、やだ」
 痛くて気持ち悪くて、愛梨の目に涙が滲む。
 ──誰か助けて……。高倉さんっ。
「俺はなあ、お前のせいで会社を辞める羽目になったんだよ。実際ヤッてもいねえのに、キスしたくらいで人事に訴えるなんてなあ、普通はあり得ねえよな? ったく、会社の奴らゴミを見るような目で俺を見やがって」
 元上司は舌打ちした。
「あんな目にあわされて、このままじゃ腹の虫が納まらねえんだよ。もう処女じゃねえんだろ? 一回ヤらせろよ。それでチャラにしてやるよ」
 ねっとりした声が耳の近くから聞こえてきて、愛梨は懸命に顔を背けた。
「そんなの、私のせいじゃないです!」
「いや、お前のせいなんだよ!」
 間もなくエレベーターが愛梨の指定した階に着き、扉が開くと引きずられるように下された。
「まさか同じ階に泊まってるだなんてなあ? やっぱり俺とお前は縁があるんだよ」
「そんな縁なんかないからっ」
「あいつイイ男だったよなあ。だから、あいつのいるとこまで、よ~く聞こえるように、俺がイイ声出させてやるよ。あいつより俺のがいい、気持ちいい、もっとヤッてくれって言わせてやる……来い!」
 元上司の憎悪と色欲にまみれた目は普通じゃない。部屋に入ったら最後、なにをされるか分からず、愛梨の全身から血の気が引いていく。
「やっ、やだっ。行かない! 行きたくない!」
 力いっぱい抵抗してもぐいぐい引っ張られていく。
 部屋のドアの前で元上司がポケットの中のカードキーを探る間、愛梨を拘束する手が僅かに緩んだ。その隙に逃げ出そうとしたら、ガッと掴まれた。
「逃がさねえよ。もう会社に訴えられることもねえしなあ? 思う存分やってやるんだ」
「そんなのいやだ。離してっ」
 コンビニ袋を放ってドア脇の壁に手を突っ張り、中に入らないように精いっぱい抵抗する。
 大きな声で叫びたいけれど、全身全霊で抵抗する方に力を使っているため、どうにも声が出せない。
 それでもじりじりと部屋の中に引きずりこまれていく。
 もう駄目だと思った、そのとき。
「園田さん!?」
 叫ぶような呼び声とともに、愛梨の腰に腕が回り、ぐいっと一気に廊下側に引き戻された。その逞しい腕は、震える愛梨の体をしっかり包み込んでくれている。
 彼だ……健太だ。来てくれたんだ。
 愛梨は健太にぎゅっと体を寄せた。
「あんた、誰だ! 俺の彼女になにやってんだ! 無理矢理部屋に引きずり込んで、どうするつもりだ! 事と次第によっては、警察を呼ぶ!」
 健太が息継ぎもしないような勢いで言い放ち、スマホをチラつかせながら睨みを利かせた。
 元上司は愛梨の手を離して両手を上げた。
「……いや、久しぶりに会ったから……部屋の中で茶を飲みながら話そうとしてただけだよ! 俺はなにもやってねえよ。だから絶対警察なんか呼ぶなよ! くそが!」
 元上司は吐き捨てるように言い、部屋に入るとすぐに乱暴な素振りでドアを閉めた。
 ──高倉さんっ。
 愛梨は健太の胸に頬を寄せて、ぎゅっと目を瞑った。彼の心臓も愛梨に負けないほどにどくどくと脈打っているのが伝わってくる。
「大丈夫? 園田さん」
 気遣うような声音で問いかけられ、無言のまま首を横に振った。言葉を発したら泣き崩れてしまうから。
 だって全然大丈夫じゃない。引っ張られた手は痛いし、脚はガクガク震えて力が入らない。
 なにより、元上司が怖い。また偶然ばったり会ったらどうなるのか。
 触れられたところの痛みも、言われた言葉で傷付いた心も、纏わりつくような臭いも、全部が鮮明に残っていて消えない。
 ──キモチワルイ……。
「とりあえず、部屋に戻ろう」
 健太に抱きかかえられるようにされて、ゆっくり部屋まで戻った。

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