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【22話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

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 健太は切り分けたものを皿に盛りつけ、鍋の中にあるえんじ色のソースをたっぷりかける。一緒に焼いた野菜などを添えると、レストランのメニューにも見劣りしない逸品が出来上がった。
 それにカメラが向けられ、シャッター音が幾度か響いた。
「赤ワインのソース。味が濃厚だから、この料理はフルボディのワインによく合うわよ。レシピはメリーの赤に付けるつもりなの」
 そう言いながら紗耶香が人数分の試飲コップにワインを注いでいく。
 ワインを選ぶコツは、料理の色に合わせることだ。たとえば肉料理には赤、魚料理には白というふうに。
 調理台の上に並べられた料理とワインがみんなにいきわたると試食が始まった。みんな椅子に座らずに立ったままお皿を持って箸をつける。
 その様子がまた写真に撮られており、カメラを向けられた子が笑顔で食べるポーズを取って盛り上がっている。雰囲気はちょっとしたイベントのようだ。
 そんな中、健太がさりげなく愛梨の傍に来て横に立った。
「今日の様子は広報部が社報の記事にするらしいんだ。レシピプロジェクトの社内周知にもなるからって」
「みんな楽しそうだから、素敵な記事になりそうですね」
 しかも営業部のエースである健太が作ったとなれば、興味深く記事を読む人も多いだろう。
 愛梨が試食したと知ったら、営業部にいる子たちが大いにうらやましがりそうだ。想像するだけでも少し面倒なことになりそうで、愛梨はそっと苦笑いを零した。
 ──内緒にしといた方がいいかな……。
「ところで……どう、かな?」
 仕事中は人を引き付けるような勢いのある声を出す彼だけれど、今は珍しくも声音が弱い。
「はい?」
 ふと見上げると少々不安げな瞳が愛梨を見つめていた。
 健太はお皿を持ってはいるが、何故か手を付けていない。料理の出来に自信がないのだろうか。
 ──ひょっとして、自分で食べる勇気がないとか? こんなにおいしそうに出来上がっているのに?
 こんな弱気な健太を見るのは初めてで、エプロン姿も相まってなんとも可愛らしく映る。
「すごく柔らかく焼けてますよ。赤ワインのソースがよく絡んで、美味しくて、フルボディのワインが進みます!」
 語彙がないのは勘弁してほしい。そのかわり料理のおいしさを、力を込めた瞳と満面の笑顔で伝えた。
 健太は一瞬衝撃を受けたように目を見開いたけれど、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「よかった。園田さんにそう言ってもらうと、成功した気になるよ」
 心底ほっとしたようだけれど、今ひとつ自信がないようにも見える。愛梨にこっそり訊くのは、直接紗耶香には感想を尋ねにくいからなのか。
 ──それは彼女がレシピを作った本人だから?
「気じゃありません。ちゃんと成功してますよ。ほら、食べてみてください」
 語気を強めて言うと、健太はようやく自分の皿に箸をつけた。
 そして口に含んだ後、「うまいな! 予想外だよ」と意外そうに言って頬を緩めた。
「実はいつも通りに実験室を訪れたら、このレシピで作ってみてと、急に北上さんに言われたんだ。急ぎの営業案件もなかったから引き受けたんだけど、正直戸惑ったよ。それで、慌てて部署に戻ってきみのデスクにメモを貼ったんだ。来てくれてありがとう」
 そう言って気が抜けたように笑った。
 外見からは伝わってこなかったが、かなり気が張っていたのだ。紗耶香を含めた数人が見守る中、一人で料理を作ってみせるのだから、緊張しない方がおかしい。
 そこでふと疑問に思ったことを口にした。
「あの、私、役に立ったんでしょうか?」
 料理をするところを見守っていたわけではない。愛梨は完成とほぼ同時くらいに来て、料理を食べただけなのだ。付け加えれば感想を伝えたくらいである。
「十分だよ。俺は〝園田さんに〟食べてほしかったから」
 健太は愛梨の名前の部分を少し強めに言ったので、急に胸が高鳴り始める。
 それはどういう意味なのか。
 健太の営業補佐だから?
 それとも資料集めをした仲間だから?
 ──まさか……別の思いが潜んでいるの? そんな、そんなこと……ないよね?
 頬が熱くて赤面しているのを自覚して、健太を見ることができず、隠すように俯いた。彼は紗耶香ではなく、愛梨に料理を食べてほしいと言ってくれている。
 ただ率直な感想が聞きたかっただけかもしれない。その言葉に特別な意味がないにしても、愛梨の胸には潤いが広がっていく。
 ──どうしよう。どう言葉を返せばいいの?
「え、あの……はい、高倉さんの役に立てて、よかったです」
 俯きながらも、そう言うのが精いっぱいだった。

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