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【14話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

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 十分ほど歩いて到着したのはメキシコ料理のお店。
 健太に手を繋がれたまま一歩入った途端、愛梨は異世界に入り込んだ気分になった。
 『いらっしゃ~い』と大きく書かれたプラカードを持ったメキシカンハットのちょび髭人形に出迎えられ、サボテン柄のシャツを着た店員にテーブル席に案内される。
 ここで健太はようやく愛梨の手を離してくれた。
「ずっと握っててゴメン。なんか、離したくなくて……」
 指先で首の後ろを掻く健太の表情は、少し照れているように見える。自分でもどうしてなのか分からないような……。
 ──でもそれってきっと、寒かったから……だよね?
「園田さんの手は柔らかくて、気持ちよかったから」
「え……え、気持ちいいって。あの」
「いや! 変な意味じゃないから。その、俺みたいなごつごつした男の手じゃなくて、女らしい手だなってことだから」
 慌てて言い繕う様子がなんだかかわいく思えて、愛梨は思わず笑みを零した。
 健太はとても女性にモテるのに、意外に純情なのかもしれない。いや、それならば女性と手を繋げないだろうから、ただ誠実なだけなのかも?
「いえ……高倉さんの手、すごくあったかくて……それに、誘導してくれてすごく助かりました」
 はにかんで言うと、何故か健太が一歩距離を縮めてきた。
 不思議に思った愛梨が見上げると、なにかもの言いたげに僅かに唇が動いている。意を決したように口を開いた時、「しつれいしま~す」といって店員が水を運んできた。
「いらっしゃいませ~。ご注文お決まりになりましたらお呼びください」
 店員は立ったままのふたりに対し定型通りの台詞を言ってさっさと去って行く。
「じゃあ……座ろうか」
 健太が気を取り直したように言い、テーブルの向こう側に行く。
 ──さっき、なにを言おうとしたのかな……。
 気になりながらも尋ねることができず、愛梨も鞄を籠の中に入れて座った。
 オーダーは定番であるタコスをシーフードメインにし、アルコールはメキシコビールをチョイスした。
 お酒好きな愛梨としてはテキーラを飲んでみたいところだけれど、健太が一緒なのでやめておいた。彼の前ではあまり飲兵衛になりたくない。
「わあ、すごい。写真映えしそう!」
 運ばれて来たタコス料理を見て、愛梨は思わず声を上げた。
 北欧、トルコ、ロシア、ハワイ等々、これまでいろんな国の料理を写真に撮ってきた。その中でもこのお店の料理が一番彩り豊かだと思えた。
「虹色のタコスなんて、初めて見ました」
 緑、赤、黄色、紫など、タコスの皮自体に着色されているのだ。
 はしゃぎながらスマホを構える愛梨を見て健太が目を細めて微笑む。
「レシピの資料写真もだいぶ増えてきたな」
「そう、ですね」
「園田さんが付き合ってくれるからだよ。ありがとう」
 健太と食事をしているのは、お酒に合うレシピを探すためだ。ある程度揃ってしまえば、健太は愛梨を食事に誘うことがなくなるだろう。
 そうなれば待ち合わせのドキドキ感も、健太と食事をする楽しさもなくなって、味気ない日常に戻る。
 急にさみしさを覚えてふと俯いた。
 けれど、その感情を健太に知られたくなくて、俯いたついでに彩り豊かなタコスに手を伸ばす。
「俺は園田さんじゃないと、ダメなんだ」
「そうですよね……ほかの子じゃダメですもんね」
 愛梨は加奈子と弥生の顔を思い浮かべた。
 もしも健太が彼女たちのどちらかを誘っていたら、嬉々として話すのが簡単に想像できた。妙な噂が広がってしまえば健太は困ってしまう。
 その点愛梨は身をわきまえているから、健太にとっても安心な存在なのだ。
 愛梨がそんなことを考えてひっそり気落ちしている傍らで、健太は何事かを考えるように指先で顎を擦っていた。
「前も言ったけど、これからもずっと食事に誘うよ。念のために訊くけど……OKなのは変わらないよね? 迷惑ならそう言ってほしい」
 ──あのときのずっとって、期限のないずっとなの?
 愛梨にとって健太の言葉は意外なことだ。
 何故愛梨を誘うのか。理由を問いたいけれど、ずばりと『恋愛関係にはならないから』と言われるのが怖い。
 ──身のほどを知ってるけど、夢は持っていたいもの。
 自分に芽生えている気持ちを隠して懸命に平静さを装う。
 けれど健太の気持ちがどうであっても、この先も一緒に食事ができると思うと、どうしても喜びが漏れ出て頬が赤くなる。
「はい、変わらないです。迷惑なんて思ってないです。高倉さんはお話しやすくて、食事が楽しいんですよね。今までこんなふうに思えたことがなくて……。だから、誘ってくださると私も嬉しいです」
 あまり顔色が見えないよううつむき加減にしつつも健太をじっと見つめ、これからも誘ってほしいと、精いっぱい自分の気持ちを伝えた。
 言い終えた瞬間にうつむいた健太が唇を噛んでいる。そして、笑いを堪えているような素振りさえしている。
 ──私、おもしろいこと言ったかな?
 どう考えても普通の言葉だけれど、健太の様子がおかしい。何故だか愛梨の言ったことが受けているようだ。
 そして笑いを堪えるのが収まった後は、じっとなにかを考えるような雰囲気に変わった。この店に入ってからのわずかな間に、彼の表情は目まぐるしく変化している。

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