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【12話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

作品詳細

 
 健太の胸に頭から突っ込む形になっていて、愛梨の頬が彼の心臓辺りにある。男性的な手がしっかりと華奢な腰を支えていて、爽やかな香りが鼻をくすぐった。
「大丈夫?」
 健太の美声が間近で、しかも頭の上から聞こえてきて愛梨の頭の中は瞬間的に真っ白になった。
「脚は捻ってない?」
 問いかけてくる鼓膜をくすぐるような美声で、頭がくらくらしそうになり、胸の鼓動は破裂しそうに激しい。
 ──どうしよう。ドキドキしてるの、彼にバレちゃう。
 どうしてこんなにドキドキするのか、愛梨にも分からない。
 とにかく椅子に引っかかったままの足を動かして、全面的に体を預けている状態から体勢を立て直した。
「はい……大丈夫みたいです……すみません。つい夢中になって」
 やっとの思いで受け答えるけれど、彼は愛梨の体をしっかりと抱きかかえたまま離そうとしない。
 それどころか腕が強まっている気さえする。
「あの……高倉さん?」
 離してほしくておずおずと声をかけると、健太の体がハッとしたように揺れた。
「ごめん! つい……ゴメン」
 慌てたようになりながらも、優しい手つきで愛梨の体を離した。
 愛梨は高鳴る胸を押えるように手を当てて、小さな声で「いいえ、私こそ」と返した。
「料理を食べよう。せっかくのワインもぬるくなるから」
 さっきのことを気まずく感じたのか。少し照れているような表情で健太がワイングラスを持ったので、愛梨も椅子に座ってグラスを持った。
 お互いにグラスを目線まで上げてから、口に運ぶ。
 少し渋めだけれどフルーティな香りが口内に広がった。渋過ぎず、絶妙な飲み口の赤ワインだ。
「これ、おいしい」
 思わず零すと、健太が少しだけ意外そうな表情になった。
「ライトボディよりもミディアムを選ぶところから思ってたけど。園田さん、お酒が好き?」
 ワインには渋みやアルコール度数によって三つに分けられる。
 渋みが少なくアルコール度数十パーセントのライトボディ、渋みが強く香りも味も濃いフルボディはアルコール度数十三パーセントを超える。
 愛梨が選んだミディアムボディはフルとライトの中間になる。たいていの女子は飲みやすいライトを選ぶことが多いだろう。
「はい……実は、大好きなんです」
 愛梨はヤンソン氏の誘惑やハッセルバックポテトをふたつの取り皿に分けながら、さらに続けた。
「ビールでも日本酒でもなんでも飲めます。家でスルメをツマミに晩酌したりして。女子なのに、オヤジみたいですよね」
「そうかな。俺は、園田さんは十分女性らしいと思うけどな」
「え……」
 思わず手を止めて健太を見つめると、彼はスモーブローを手に取りながら微笑んだ。
「俺も酒が好きだし。園田さんとは気が合いそうで、嬉しいよ」
 愛梨を見つめる健太はにこにこしている。
 それは本当に心から喜んでいるように見えて……。
 ──でも嬉しいって、どういう意味なの?
 今日は健太の言動に心を揺さぶられてばかりだ。
 〝おもしろい人〟と言われたり〝嬉しい〟と言われたり……抱きとめた後なかなか離してくれなかったり。
 けれど思い違いをしてはいけない。
 地味な愛梨だからこそ、彼は食事に誘ったのだ。
 だから、仕事上便利だから嬉しいという意味に違いない。変なふうに思ったらいけないのだ。
 そうだ。妙な思い込みをしてしまったら、この先一緒に仕事がしにくくなるのだから。
 自分に言い聞かせて、愛梨は健太に微笑みを向けた。
「はい、温かいうちにどうぞ」
 取り分けたお皿を健太に差し出し、愛梨もヤンソン氏の誘惑にスプーンを入れた。
 細切りのジャガイモにソースが染み込み、アンチョビが利いていてすごく美味しい。
 ハッセルバックポテトの方は表面はカリッと香ばしく中はほっこりしてて、二つの食感が口の中で合わさるのが愛梨の好みに合っていた。
 フライドポテトとは調理方法が違うようだけれども、家庭でもできそうな気がする。これならお酒に合うレシピとして提案できそうだ。
 ──でも見た目が地味かな?
「だから……」
 健太が話を継ぐ言葉を呟いたのでスプーンを止めて顔を上げると、テーブルの向こうからじっと愛梨を見つめていた。
 さっきまではにこにこしていたけれど、今は笑顔が消えている。
「これからもずっと食事に付き合ってほしいんだ」
「ずっと……ですか?」
「ああ、もちろん毎日じゃないよ。園田さんの都合もあるだろうし」
 健太は目を伏せて、なにか意を決するように手をぐっと握っている。
「定期的に俺と食事をしてほしい。ダメかな?」
 ──こんなふうに訊くなんて、反則だよ……。
 今日一日一緒に仕事をして尊敬できる人に変わった健太から、お願いされるように言われてしまったら断れない。
「それは……ダメじゃ、ないです」
 気恥ずかしさを隠すようにうつむき加減になって答えると、健太がホッと息を吐くのが微かに聞こえた。
 そして店員を呼んでグラスワインを二つオーダーしている。
「じゃ、これからもヨロシクってことで、乾杯しよう」
 そう言って健太は運ばれてきたワインを軽く掲げたので愛梨もそれに合わせた。
 それからレシピのことやお酒のことなどを話題にして、ふたりは初めての北欧料理を堪能したのだった。

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