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【11話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

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「あ……あの、早いですね?」
 しどろもどろになって言うと彼は破顔した。
「それは園田さんこそ。気づいたら姿がなかったから、早く切り上げて来てみて正解だったよ。いつから待ってた?」
「ほんの少し前です。すみません、お仕事は大丈夫ですか?」
 愛梨が心配げに尋ねると、健太は軽く「平気だよ」と言い、スマホを取り出した。
「まだ少し時間が早いけど、行こうか。予約してあるんだ」
「……予約できるところ?」
 彼はうなずいて、駅とは反対の方向に愛梨を導いた。
「え、あの、駅の方じゃないんですか?」
 構内や地下街にあるレストランに行くのだと勝手に決めていたので、わたわたと駅を指差して挙動不審な態度をとってしまう。
「うん、園田さんって、思ってたよりもかなりおもしろい人だね。そうだなあ、今日行くところは、着いてからのお楽しみにしておこうかな。その方がミステリアスでわくわくするだろ?」
「はい……ミステリーツアーみたいで、わくわくします」
 健太はさも楽しそうに言うから、愛梨は少しの驚きと不思議さを感じた。
 物心ついてから今まで、男性から〝大人しいね〟とか〝真面目だ〟など言われたことはあるが、〝おもしろい人〟と言われたことはない。
 ──私と一緒にいて、楽しそうにしている男性なんて、初めて……。
 ひょっとしたら彼は、今まで愛梨が関わってきた男性たちとは物事に対する考え方や感じ方が違うのかもしれない。
 それなら女性の接し方も、きっと……。
 背中を追って歩くこと数十秒、健太が待たせていたタクシーに乗せられた。
 
 
 タクシーが到着したのは、駅前の賑わいから遠く離れた場所だった。
 住宅の中にあって静かな佇まいの小さなお店は、北欧料理のワインバーだ。
 インテリアも北欧風でお洒落。
 照明の絞られた店内は落ち着いていて、全体的に若い女性が好みそうな雰囲気がある。
 案内されたテーブル席は窓際で、ライトアップされた美しい庭がよく見えた。
 お店自体が、SNS映えしそう。女子は北欧系雑貨が好きな人が多いし、だからこのお店を選んだのかな。
「俺、北欧料理は初めてなんだ。園田さんは?」
「私も食べたことないです」
 メニューを見る健太の表情が真剣で、仕事モードに入っているように見える。
 お酒の好きな愛梨が、先にアルコールメニューを見てしまっているのは内緒だ。でもお酒のラインナップを見るのも勉強になるのだから、許してほしい。
 開店して二年目。オーナーシェフは北欧出身の女性だと、メニューの隅に書いてある。
 そして、アルコールメニューはワインバーだけあって、グラスワインオンリー。
「……あっ、メリーのワインもありますね!」
 ついはしゃいだ声を出してしまった。前に合コンで利用したレストランにはメリーの商品は置いてなかったのだ。単純に嬉しい。
 健太の反応が薄くて表情も冷静なところを見ると、ここに自社製品があるのを知っていたみたいだ。
 ──ひょっとしてこのお店も高倉さんが開拓したのかな。
「ワインバーにしたのは、オーナーのこだわりらしいよ。だからワインに合うレシピの参考にできると思って、この店にしたんだけど……」
 インテリアも素敵だから、きっと盛り付けやテーブルウェアの参考にもなる。ベストチョイスのお店だ。
「この『ヤンソン氏の誘惑』ってなんだと思う?」
「はい?」
 その名はアルコールにはなく、ディナーメニューを慌てて探すとあった。
 小さな画像から得られる情報は、キツネ色の料理である。
「ポテトとアンチョビを使った……グラタンみたいですね」
「じゃあ、俺と一緒に誘惑されてみる?」
 静かな声音だけれど、店内に流れるジャズのムーディなメロディも相まって、愛梨の耳には甘い響きとなって伝わった。
 分かっている。料理のことだって分かっている。
 けれど、どうにも愛梨の胸が高鳴ってしまう。
 彼の目はまっすぐ向けられていて、優しい微笑みとともに繰り出されたその台詞は、男性が苦手であるはずの愛梨の心を大きく揺さぶっていた。
 それを覚られないよう、懸命に平常心を装う。
 けれども声を出せないままうなずいてみせると、彼は店員をテーブルに呼んだ。
 愛梨に軽く同意を求めながらもすらすらとオーダーしていく。
『ヤンソン氏の誘惑』ポテトとアンチョビのグラタン。
『スモーブロー』サーモンとスライスオニオン、エビとアボカドのオープンサンド。
『ハッセルバックポテト』まるごとジャガイモのオリーブオイル焼き。
『グラーヴァット・ラックス』サーモンのマリネ。
 四種頼んでふたりでシェアすることになった。
 グラスワインはミディアムボディ。
 間もなく運ばれて来た料理は、植物がモチーフの可愛い北欧食器に盛り付けられていた。添えられたハーブも野菜も彩り豊かで写真映えしそうだ。
「とりあえず、資料として写真撮ろうか」
 健太が店員に写真撮影の許可を取って、ふたりしてスマホを向ける。
「明度がイマイチだな」
「ちょっと角度が悪いです」
 資料写真なのに満足いくアングルで撮りたいのは、女子たるゆえんか。愛梨はテーブルの周りを右に左に移動する。
 すると椅子の脚に足を引っかけてしまい、ゆらりと体が揺れた。
「きゃっ」
 スマホを持っていて上手く体を支えられず、片足は椅子に引っかかったままで動かせない。バランスを崩して倒れていくところを、ぽすんと受け止められた。

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