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【50話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

作品詳細

 ――フィオーナの父であるリディアム伯爵は、馬車の事故で亡くなった。
 これは誰もが知ることだ。彼の乗る馬車の車軸が走行中にボッキリ折れて、制御の利かなくなった馬車は派手に傾いた。その弾みで御者が振り落とされ、驚いた馬が闇雲に走り出したために、馬車は道の脇の街灯に激突したのだ。
 当時、事故の責任は馬車を管理する整備係と御者にあるとされ、彼らは警察によって逮捕された。
 だが本当の原因は、サンドラが密かにひとを雇い、車軸に巧妙な細工をして、わざと破損しやすくしていたことにあったのだ。
「サンドラの狙いは、未亡人になることで、伯爵家の財産を自分の自由にすることだった。伯爵家は領地もそれなりに広いし、代々の資産家だったからね……彼女は財産管理のために国が派遣した官吏をもたらし込んで、領地からの上がりも横領し、君が継ぐはずだった財産にも手を出して豪遊を楽しんでいた」
 確かにサンドラの暮らしぶりは豪華絢爛の一言だった。顔を合わせるたびに新しいドレスを着ていたし、今日だって宝石の嵌まった指輪をいくつもつけていた。
 あれらが亡き父の遺したもので購われていたと思うと胸が痛むが、それ以上に、豪遊目的で夫を殺害したサンドラの執念が恐ろしい。それも整備係や御者に罪を被せるなど……
「だが、収入には限りがある。君が年頃になる頃には遊興が過ぎて、財産をなくすどころか、借金で首が回らない状態になっていたんだ。だから今度は、君をオークション品のように扱い、求婚者たちから金を巻き上げたというわけだ」
 借金を返してもなお有り余る財を手に入れたサンドラは、ウォルトがお膳立てした旅行にも喜んで向かい、そこでも散々遊び回ったらしい。
 だがいざ帰国すると、ウォルトとアレンが自分の身辺を調べていることを嗅ぎ取り、急遽また国外へ逃亡することを計画したのだ。
 逃亡資金はなんとかなったものの、向こうで暮らすだけの金がない。先立つものを得るために、フィオーナのもとに乗り込んできたというわけだ。きっとサンドラへの恐怖心を植え付けられているフィオーナからなら、脅せば金を搾り取れると踏んだのだろう。
「サンドラは……金を使う中でも、特に自分の美容に関してはかなりの額をつぎ込んでいたらしい。本当は贅沢をすることや遊興にふけることより、美しくなることに取り憑かれていたのかもしれない。贅沢な暮らしや宝石も、自分を美しく見せるための道具だと思っていた節がある」
 サンドラがフィオーナの美貌を罵っていたことが思い出される。ウォルトをおずおず見上げると、彼も痛ましそうに頷いた。
「だからこそ、生まれながら美貌に恵まれていた君のことが、気に入らなかったんだと思う。君につらく当たってきたのは、君から反抗する気力を奪う目的もあっただろうけど、一番は……自分がどんなにあがいても手に入れられない美しさを、君が持っていたからなんだろうな」
 逆恨みもいいところだが、美しくあることに取り憑かれたサンドラにとっては、きっと深刻なことだったのだろう。
 フィオーナとしてはもちろん、そんな理由で十年も虐げられてきたのかという悔しさややるせなさはあったけれど――
 いずれにせよ、そんな考えに取り憑かれていたサンドラが、きらびやかな生活を長く続けていられたはずがない。
 遅かれ早かれ身を滅ぼしていたはずだと、ウォルトは断言した。
「君にとってはつらい話だから、知らないままでいられるならそれでもいいと思っていたんだ。アレンも、ああ見えて正義感の強い奴だから、サンドラの言い分に我慢が利かずに、ついあの場で反論してしまったんだと思う。君を傷つけるつもりはいっさいなかった」
「……ええ、それはわかります。アレン様は悪くありません。このことを秘密にしようとしていたウォルト様も……」
「フィオーナ……」
「でも……わたしは、とてもつらいけれど、知ることができてよかったと思っています」
 ウォルトの手にそっと手を重ねて、フィオーナは素直な気持ちを伝えた。
「お父様の死の真相を、知ることができてよかった……。お父様を亡くしたばかりの頃、お母様につらく当たられるたび、どうして事故に遭ってしまったのって……どうしてわたしを置いていってしまったのって、父を恨むような気持ちも、少しあったんです」
 わずか七歳の少女が、ある日から突然、それまでとまったく違う環境に身を置くことになったのだ。原因となった父の死を悲しむと同時に、恨む気持ちになったのも無理からぬことだろう。
 だがそれが事故ではなく、人為的なものであったとわかれば、また違う思いが生まれる。
「でも、不慮の事故で亡くなったのではなく、身勝手な欲望のために殺されたのだとしたら……きっとわたし以上に、父のほうこそ、無念であっただろうと思って……とても、悲しくて……っ」
「フィオーナ……」
 再びぽろぽろと涙を流し始めたフィオーナを、ウォルトはぎゅっと抱き寄せる。彼の肩口に顔を伏せて、フィオーナはしばらく、父を思ってさめざめと泣いた。
 亡くなったとき、父は三十歳になったばかりだった。幼い娘を残して逝くことも悔しかっただろうが、男盛りであっただけに、やりたいことも成し遂げたいことも、きっとたくさんあっただろう。
 そういった未来すら奪われ、なにも知らないとはいえ娘にまで恨まれていたとなれば、その苦しみは計り知れない。
「……ごめんね。もう悲しいことはなにもないって、この屋敷に君を迎えたときに言ったのに」
「いいえ、ウォルト様のせいで悲しいわけじゃありません。それに……もう、お母様のことで悩まされることはない……ですよね?」
「ああ。サンドラの悪事の証拠はすでに出そろっているから、近々起訴もされるだろう。法律に詳しいアレンが言うには、横領や詐欺だけでなく、殺人も犯したとなれば、死ぬまで牢獄から出てこられないそうだ。今後顔を合わせることはまずない」
 フィオーナはほっと小さく息をつく。これでもう継母の影に悩まされることはないのだと思うと、肩の荷が下りた……と言うより、荷物ごと消えたという感じがした。

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