• HOME
  • 毎日無料
  • 【47話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

【47話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

作品詳細

 フィオーナの言葉に頷きながらも、執事は心配そうにサンドラを見やる。周りを囲む使用人たちも似たような面持ちだ。
 だがフィオーナが答えるよりも、サンドラが焦れるほうが早かった。
「いつまでこそこそと話をしているつもり!? さっさと案内なさい!」
「じゃあ、お願いね」
 ハンカチーフを執事の手に握らせたフィオーナは、覚悟を決めて立ち上がった。
「……失礼しました、お母様。どうぞ、東屋のほうへお越しください」
「なんだい、わたしは屋敷の中に招くに値しない客だと言いたいのかい?」
「そんなことは……ちょうど今、応接間は模様替えしている最中で使えないのです。庭が見渡せる東屋のほうがゆっくりできますわ」
 かつてと変わらない怒りの滲んだ目を向けられ、フィオーナは今にも卒倒しそうになる。
 踏みとどまれたのは、味方である使用人たちがこちらを見つめていたからだ。
 彼らをこれ以上不安にさせてはいけない。その一心で、フィオーナはなんとか背筋を伸ばした。
「ご案内します。こちらへどうぞ」
 逃げ出したくなるのをこらえつつ、フィオーナはゆっくりした足取りで東屋までの道をたどり始める。優秀な使用人たちはすぐさまあちこちへ動き出した。
 そのうち一人が大きな日傘を持ち、フィオーナたちにかざそうとする。フィオーナは自分はいいと断って、サンドラだけ日差しから護るように伝えた。
 屋敷に通されないことにサンドラは不満げにしていたが、自分だけ涼しい日傘の陰に入ることは喜ばしかったらしい。それ以上は文句も言わずにフィオーナのうしろに続いた。
 綺麗に掃除された東屋では、お茶の支度を携えたメイドが慌ただしく出入りしている。
 二人が入っていく直前に支度が調ったらしく、メイドたちは従順に頭を下げてフィオーナとサンドラを出迎えた。
「しばらく二人にしてちょうだい」
 席に着き、メイドがお茶を淹れ終えると、フィオーナは静かに告げた。
 メイドたちは心配そうな一瞥をチラリと寄越してから、静かに退室していく。大きな東屋だが、窓や扉がないぶん、フィオーナもサンドラもメイドの姿が完全に遠ざかるまで口を開くことはなかった。
 メイドたちがようやく茂みの向こうに消えたところで、サンドラがフンッと鼻を鳴らした。指輪がたくさん嵌まった手で紅茶のカップを持ち上げ、香りを楽しむ。
「――まったく、ずいぶんといい暮らしをしているみたいだねぇ。昼間っからそんな豪華なドレスを着て!」
「っ!」
 身を護る時間はなかった。サンドラの手がひらめき、淹れ立ての紅茶が胸元にかかる。
 一部が首や頬をかすめ、熱さに驚いたフィオーナが立ち上がった瞬間、再びサンドラの杖が振り上げられた。
「きゃあっ!」
 したたかに肩を打たれ、痛みと動揺のあまり、足がもつれて転んでしまう。冷たい石の床に転がったフィオーナのドレスを、サンドラが忌々しげに踏みつけた。
 それだけでなく、フィオーナの長い銀の髪を掴み、容赦ない力で持ち上げる。
「あうっ……!」
「とんだ誤算だよ! おまえを好色な老人に嫁がせて、いたぶられるのを見て楽しもうと思っていたのに。まさか結婚相手が養子のほうで、おまけに使用人にも大切に扱われているなんてね!!」
 頭皮を引っ張られる痛みに喘ぐフィオーナに、サンドラは唾を飛ばしながら怒鳴る。
 かつてと変わらない暴力にぶるぶる震える一方、聞き捨てならない台詞を聞いて、フィオーナはアイスブルーの瞳を大きく見開いた。
「ど、どういうことですか? わたしがいたぶられるのを見て……楽しむって……」
 確かに当初、結婚相手は六十代の好色な老人と聞いていた。だが、いたぶられるというのは……
「先代のブランドン侯爵は、女を縛って打ち据えるのが趣味だと聞いていたからね。おまえのような美しすぎて気味が悪い娘には、おあつらえ向きの相手だと思ったんだよ」
 愕然とするフィオーナに少しは溜飲が下がったのか、サンドラはニヤリと笑った。
「わたしはね、昔からおまえのその顔が大っ嫌いだったのさ。シミ一つない真っ白な肌に、誰が見ても美しいと言わずにはいられない整った顔立ち、癖のない銀の髪……ああ、ああ、確かにおまえは『氷姫』と呼ばれるのにふさわしい絶世の美女だよ。だからこそ気に食わないのさ!」
「やあっ……!」
 髪を掴む手にぐっと力が籠もって、フィオーナは悲痛な声を上げる。
 だがサンドラは構わずに、血走った目で暴露し続けた。言わずにはいられないとばかりに――
「それほどの美貌を持って生まれるなんて、世の中はあんまりに不公平だ。だからこそ、生まれながらに恵まれている者は、生きていく中で苦労をするべきなんだよ。そうやって帳尻を合わせていかなきゃいけないんだ。わたしはそれを教えてやろうとしたんだよ。這いつくばって感謝するべきだね!」
 掴んだままの髪をぐらぐら揺さぶられて、フィオーナは徐々に抵抗する気力が萎えていくのを感じた。
 東屋に入ったときにはまだ、侯爵家の奥方として、ウォルトの妻として振る舞おうと自分自身に言い聞かせることができた。
 だが突発的な暴力と、まっすぐに向けられる憎しみのまなざしを前に、あっという間に昔の自分が戻ってくる。
 サンドラにおびえきって、反抗も反発もできなくなり、ただ心を凍りつかせて嵐が過ぎ去るのを待つだけの自分が――
 しかし、伯爵家にいた頃は表情までをも凍りつかせて、無感情のままやり過ごせていた嵐が、今はどうしたことか心を大きく波打たせる。
 どんなに抑えようとしても、恐怖のせいで真っ青になった唇は大きく震え、視線は定まらず、手の平にはじっとりと汗を掻いてしまうのだ。はぁはぁと息が上がって、怖くて怖くて涙が出る。
 自分から人払いしたにも関わらず、誰か助けにきてと願わずにはいられなかった。
 まして、長いこと自分を虐げてきたサンドラが、そんなことを考えて暴力を振るっていたのかと思うと……
 フィオーナがぐったりして、抵抗の意思をなくしたことに気づいたのだろう。サンドラはぱっと手を離した。
 頭ががくりと落ちて、額を石の床に打ちつけてしまう。鈍い痛みに目を回しながら、フィオーナはひたすら身体を小さくして震えていた。
「まぁいいさ。おまえのことはいずれ、適当な理由をつけて引き取るからね。こんなところで幸せにさせてたまるもんか。だが、その前に――」

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。