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【46話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

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「それが、その……奥様に、お客様が見えています」
「わたしに? ウォルト様ではなくて?」
 たまにウォルトを訪ねて仕事の関係者などがやってくるが、いずれもきちんと予約を取って、彼が在宅中に訪れる。
 ウォルトがいない時間帯に、彼ではなくフィオーナを訪れる者など、ぱっと思いつかなかったが……
「いらしたのは、奥様の継母でいらっしゃるリディアム伯爵夫人です。今は玄関でお待たせしていますが……いかがいたしましょう?」
 思ってもいなかった来客者の名に、フィオーナは血の気が一気に引くのを感じた。指先から冷たくなって、意識がふっと遠くなる。
 フィオーナだけでなく、お付きのメイドたちもハッとした様子で目を瞠った。
 目の前の執事はもちろん、この屋敷の使用人たちはきっと、フィオーナの生い立ちを知っている。だからこそ、ウォルトの「フィオーナのやりたいことを好きにやらせるように」という命令を忠実に守り、自分たちの女主人に笑顔が戻るよう心を砕いてきたのだ。
 実際、使用人たちはフィオーナがかつての天真爛漫さを取り戻し、感情を面に出せるようになってきたことを喜んでいる。
 それなのに、フィオーナが感情を凍りつかせる原因となった継母サンドラが乗り込んできたと聞けば、当然のごとく無心ではいられなかった。
「奥様……無理にお会いになる必要はございませんわ」
「そうです。先触れのない訪問は受け付けないと言えば、充分通じますし」
「それが心苦しいなら、仮病を使うという手もございます」
 メイドたちは一斉にフィオーナに進言する。
 あまりのことに思考もなにもかも凍りつかせていたフィオーナは、彼女たちの頼もしい言葉を聞きハッと我に返った。
「……え、ええ、そうね……、でも……」
 サンドラの人柄を知るだけに、その手の言い訳が通用する相手ではないことも、フィオーナにはよくわかっていた。額面通りの断りを入れたところで、あのサンドラがおとなしく引き下がるわけがないということも――
 だが、サンドラはフィオーナたちが思う以上に厚顔だった。
 庭の向こうから「そちらはいけません!」「お戻りを!」と叫ぶ声が聞こえてくる。同時に忙しない足音も。フィオーナたちが振り返った途端、角から一人の貴婦人と、彼女を止めようとする使用人たちが現れた。
 貴婦人の顔を見た途端、フィオーナは「ひっ」と喉の奥で悲鳴を上げる。
 一方相手のほうは、フィオーナを見るなり『しめた』とばかりにニヤリと笑った。
「ああ、こんなところにいたのね、フィオーナ。母親相手に居留守を使おうとするなんて、ずいぶんつれない娘だこと」
 必死に制止する使用人たちに杖を振り回し、サンドラは凄みのある笑顔でどんどん庭に入ってくる。杖に打たれた使用人たちが痛そうにしながらも、すぐにフィオーナに駆け寄って、彼女を護るため前に立った。
「申し訳ございません、奥様。取り次ぎが済むまでお待ちくださいと言ったのですが、振り切られてしまいまして」
 彼らも相手が伯爵夫人であるだけに、手荒な扱いもできず苦心したらしい。
 サンドラはサンドラで、取り次ぎを待っても追い返されるのが関の山とわかっていたから、強硬手段に出たのだろう。
 微笑んでいたサンドラだが、使用人たちがフィオーナを護るつもりでいるのが気に入らなかったらしく、むっと目元を険しくした。だが、すぐに猫なで声を出してくる。
「嫁ぎ先でおまえが苦労していないか、様子を見にきてやったのですよ。はるばる訪ねてきたわたしを追い返すような真似、まさかしないでしょうね? せっかくだから一緒にお茶でも楽しみたいところだわ」
 暗に二人きりで話がしたいと告げられ、フィオーナは芯から震え上がる。ろくでもない内容であることは明らかだ。
「失礼ながら、伯爵夫人、先触れのないお客様は通さぬよう旦那様からきつく言いつかっております――」
 フィオーナのおびえように感じるものがあったのだろう。年かさの執事が一歩前に出た。
「奥様の継母様だからこそ、力尽くで追い出すのを思い留まっている状態です。どうか今一度面会を取り付け、出直していただきたく存じます」
「まぁ! たかだか執事の分際で、伯爵夫人たるこのわたくしによくそんな口を……!」
 顔色をさっと変えたサンドラが、手にしていた杖を振り上げる。持ち手に埋め込まれた宝石が、執事のこめかみをガッ! と強く打ち据えた。
「きゃああああッ! なんてことを!!」
「大丈夫ですか!?」
 使用人たちが一斉に非難の声を上げ、何人かがうずくまった執事を支える。彼らもまさか、サンドラが他家の執事を平然と打ちのめすほど暴力的とは思ってもみなかったのだろう。
「よくもうちの執事をこんな目に……!」
 使用人の何人かがサンドラに怒りの目を向ける。一方のサンドラは、文句があるなら言ってみろとばかりの様子だ。おかげで一触即発の空気が流れるが――
「……ま、まって! 暴力沙汰はいけないわ……!」
 すんでのところで、フィオーナが割って入った。
「しかし奥様!」
「旦那様がいないときに、問題を起こすのはいけないわ。伯爵夫人は、わたしに用があってきたのだもの。お相手するわ……っ」
「ですが……!」
 フィオーナとて、サンドラの相手をするなどまっぴら御免だ。
 だがこのままではもっと大事になるだろうし、下手をすれば使用人のほうがサンドラを傷つけかねない。
 もしそんなことになったら、サンドラは侯爵家の使用人は暴力的だと、あらぬ噂を流すだろう。そうなれば侯爵家の恥となってしまう。
「お茶を用意して。ここからなら応接間より、庭の東屋のほうがいいわ」
 指示を出しながら、フィオーナはハンカチを取り出して、出血がひどい執事のこめかみを押さえる。
「奥様、お考え直しくださいませ。伯爵夫人は我々が力尽くで送っていくこともできますから――」
「いいえ、そんなことをしても、お母様はまたここにくるに決まっている。それよりすぐに旦那様に連絡して」
 サンドラに背を向ける形でしゃがみ込みながら、フィオーナは小声で指示する。執事は軽く目を瞠った。
「なんとか話を引き延ばして、お母様に長居していただくようにするわ。だからウォルト様と相談して、お母様に上手くお引き取り願う方法を考えて」
「しかし――奥様は、それで大丈夫なのですか?」

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