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【35話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

作品詳細

 本当は話してしまったほうが誤解を解くにはいいのだろう。だが内容が内容だけに、話す時期は慎重に選びたい。ウォルトは緩く首を振り、フィオーナの瞳をひたと見据えた。
「とにかく、他の女性のところへというのは、その令嬢たちの悪意あるでたらめ話だ。養父のことはむしろ反面教師にしていたよ。女遊びばかりで、自尊心ばかり肥大した愚かな老人になんて、絶対になりたくなかったから」
 養父のことを口にするときは、気をつけないとすぐにきつい口調になってしまう。
 勝手に両親のもとから引き剥がされ、この家の跡継ぎにされたことを、まだ完全に許せてはいないのだ。相手はもう半身不随で死を待つばかりの身だというのに。
 ウォルトの瞳に浮かんだ恨みの感情に気づいたのだろう。フィオーナは少しおびえた表情になっている。ウォルトはふっと苦笑した。
「だから、かなり真面目に生きてきたつもりだよ。それこそ女性遊びなんて一つもしなかったし」
「ひとつも……?」
「君という愛する女性がいるのに、どうして他の女性に目を向けなくちゃいけないの?」
 質問を返すと、フィオーナは涙で濡れた瞳をパチパチ瞬いて、恥ずかしげに視線を泳がせる。うっすらと染まる頬が可愛らしくて、口づけたい衝動を抑えるのが大変なほどだ。
「学校を卒業してからは養父の会社を建て直すことに奔走していたから、遊ぶ時間もそもそもなかったしね。せいぜいアレンみたいな友人と酒を飲みに行くくらいだ。嘘だと思うなら、今度アレンに会ったときに聞いてみるといい。無責任なことを吹き込む令嬢たちより、よほど僕の私生活を理解しているよ」
 アレンとは最初の舞踏会以降、何度か顔を合わせているので、フィオーナもすっかり打ち解けている。それほど近い友人の名前を出すからには、嘘を言っているわけではないと理解できたのだろう。
 じっと考え込んでいる様子のフィオーナだったが、やがてその頬がじわじわと赤くなり、眉尻がふにゃりと下がった。
「わ、わたし……っ。ごめんなさい、ごめんなさいっ。ウォルト様、わたしったら……!」
「ああ、いや、君を不安にさせた僕も悪かったよ」
 再び涙目になって頭を下げるフィオーナを、ウォルトは慌てて引き起こした。
「ごめんね。僕もその……君がこんな格好をするまで、思い詰めているとは思わなくて」
 フィオーナが顔を上げた途端、乳房の柔らかな膨らみが目に入って、ウォルトは思わず目元を染める。
 一方のフィオーナも自分の装いを思い出したのだろう。「きゃあっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げて、その場にうずくまってしまった。
「こ、これは、その、メイドたちが勧めてきたもので……!」
「ああ、うん、色っぽい格好をして誘えばイチコロとか、そういうことを言われたんだろう? 実際、その格好を見て平静でいられるほど、僕も人間ができていないよ」
 恥ずかしがる妻を直視しないよう努めながら、ウォルトは足下にくしゃりとなっていたガウンを拾い上げ、それを彼女の肩に羽織らせた。
 だが、いざフィオーナがガウンに袖を通そうとするのを見ると、せっかくの色っぽい姿が隠れてしまうのを惜しく感じた。
 焦るあまり袖を通せず、もたもたしていたフィオーナの手を掴んで、ウォルトは彼女の前に膝をつく。
「確認したいんだけど……君がそんな格好をしてまで僕を誘おうとしてくれたってことは、その……僕を受け入れる気持ちになってくれた、ということであってる?」
「え……」
「君を最後まで抱いてもいいの?」
 アイスブルーの瞳を大きく瞠ってこちらを凝視していたフィオーナは、みるみるうちに真っ赤になり、固まってしまった。
 性急な質問だっただろうか、とちょっと後悔したとき。フィオーナがきゅっと唇を噛みしめ、それからまっすぐこちらを見つめてきた。
「あの、はい……」
「フィオーナ?」
「抱いて、ください、最後まで……。あなたのものにしてください」
 涙を含んだアイスブルーの瞳が、いつの間にか確かな熱を宿して、ウォルトをしっかり見つめている。月明かりの下でもわかるほど真っ赤になりながらも、その声は少しも震えていなかった。
「あなたのことを、愛しています」
 ふっくらした唇から紡がれた言葉に、ウォルトは心臓を撃ち抜かれたような衝撃を覚える。
 この感覚には覚えがあった。十年以上も前、幼い彼女にとびきりの笑顔を向けられたときに感じたあの衝撃だ。
 今目の前にいる彼女からは、当時の弾けるような愛らしさは見当たらない。
 代わりに匂い立つほどの艶と、真摯なまなざしと、確かな愛情が感じられた。
 ウォルトは思わず息を呑む。
 ――まさか同じ女性を相手に、二度も恋に落ちるとは思わなかった。
 一度目はその笑顔に顔中が真っ赤になったけれど、二度目の今は、胸の裡が静かな感動に満たされていく。泣きたいほど強い衝動が込み上げて、気づけばウォルトは彼女をぎゅっと抱きしめていた。
「僕も愛してる」
 目頭が熱くなるのを感じながら、ウォルトは愛しい妻の額に口づけた。
「ありがとう。僕を愛してくれて――」

 ウォルトの震える声を聞いた瞬間、フィオーナは後悔でいっぱいになった。
 彼はこれほどフィオーナを愛してくれているのに、どうして疑うようなことを言ってしまったのだろう。他の女性のところに行っているのでは、なんて……彼の恋心に対して、あまりに残酷な問いかけだった。
 同時に、自分がなぜあんなに不安になったのか、フィオーナはようやく気がつく。
(わたし、ウォルト様のこと……とても、好きになっていたんだわ。だから、彼が他の女性を見ているのではないかと思ったら悲しくて、つらくて……不安になったんだわ)
 恋とは恐ろしいものだ。愛するひとが自分を見てくれないと思うだけで、この世の終わりがきたように落ち込んでしまうのだから。
 ――なのに、愛するひとに『愛している』と言われて、こうして抱きしめられてキスされるだけで、世界中の誰よりもわたしは幸せだとも思ってしまう。
 ウォルトに熱く抱擁され、額や頬に柔らかく口づけられる自分は、間違いなく幸せだ。
「ん……っ、ウォルト、さま……、ふぁっ」
 耳朶のあたりにちゅっと口づけられて、フィオーナの肩が小さく跳ねる。
 いつの間にか、人前ではしないところにキスされると、性的なものを感じ取って身体が勝手に反応するようになっていた。

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