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【32話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

作品詳細

 伯爵家にいた頃は、継母サンドラから直接的な罵詈雑言を毎日のように受けてきたフィオーナだ。そのせいか、ちょっとくらいの嫌味は嫌味として認識できないようになってしまったらしい。
 この令嬢のように、嫌味をぶつけたのに、のほほんと返される体験をして肩すかしを食らったという例は割と少なくなかった。
 だが、本当に悪意の篭もった言葉であれば、さすがのフィオーナも青くならざるを得ない。
 それから何日かしたあとの、また別の舞踏会でのこと。
 そちらでもウォルトが仕事の関係者に捕まり、フィオーナが気を利かせて離れたときのことだ。
 ひとまず飲み物をもらって、壁際に並ぶ椅子に座って休憩しようと思っていたとき、まるで見計らったかのように、令嬢たちの集団が近寄ってきた。
「ごきげんよう、ブランドン侯爵夫人。よい夜ですわね」
「ごきげんよう……」
 令嬢たちをざっと見渡し、知り合いはいないかと確かめるが、全員初顔だ。フィオーナはひとまずにっこり微笑んだ。
「――ええ、本当に、素敵な月夜ですね」
「わたしたち、あなたとずっとお話ししてみたいと思っておりましたの。今よろしいかしら?」
「もちろんです」
 それからは当たり障りのない会話が続いた。今日着ているドレスのことや、どこそこの屋敷で催された夜会がすごかったとかだ。
 フィオーナも無難に相槌を打って楽しんでいたが、不意に令嬢の一人がこんな質問をしてきた。
「ちょっと聞きづらいことをお伺いしますけど、ブランドン侯爵夫人のところは、夜の夫婦生活は順調ですの?」
 聞きづらいと前置きしながらズバリ尋ねてきた令嬢に、フィオーナは思わず目を瞬いた。
「不躾な質問をごめんなさいね。ただ、こうしてお話ししてみると、侯爵夫人はとても純真な方だとわかったから、少し心配になってしまって」
 質問してきた令嬢だけでなく、他の面々もしたり顔で頷いているので、フィオーナの胸に否応なく不安が芽生える。
「心配……していただくようなことが、なにかあるのでしょうか?」
 よもやまたウォルトの評判が落ちるような話が飛び交っているのだろうか? そう思って眉を寄せるフィオーナだが、令嬢たちの答えは違った。
「ええ、だって、ブランドン侯爵様って、ああ見えてなかなか女性関係の激しい方だから……今は新婚ということで女遊びを控えていらっしゃるようだけど、わたしたちのあいだでは割と知られた話なのですよ」
 あなたは少しも知らないのでしょうけど、と多少の同情が見え隠れするまなざしを向けられ、フィオーナは頭が真っ白になった。
(……女性関係が激しい? ウォルト様が?)
 あり得ない、とすぐに思った。ウォルトはおおよそそういうタイプには見えない。
 だがフィオーナのそんな思いを汲み取ったように、令嬢たちが囁き始めた。
「ほら、今のブランドン侯爵って、養父である先代の侯爵に見い出されて引き取られたことで有名でしょう? 類は友を呼ぶ、と言うのかしら。先代の侯爵はウォルト様にご自分と同じ匂いを嗅ぎ取られたのよ」
「つまり、自分と同じように、女性と戯れることがお好きという一面をね」
 令嬢たちは顔を見合わせてくすりと笑う。まるでそんな性格をしている殿方を『しょうがないわよねぇ』と言いつつ認めているような雰囲気だ。
「ウォルト様の賢いところは、養父様と違って、それを開けっぴろげになさらないところね。普通に見れば品行方正な紳士ですもの。女性好きなんてとても見えないわ」
「そういう清廉さを演じながら、裏では実は……ということをなさっているの。女性好きを公言なさっていた養父様を反面教師にされているのでしょう」
 それはとてもよいことだわ、とでも言いたいのだろうか。目を見交わして頷き合う令嬢たちに、フィオーナの胸は否応なくざわついた。
 彼女が黙っていると、令嬢たちの一人が申し訳なさそうに眉を垂れる。
「というのも、実はわたしたち……、ウォルト様と熱い夜を過ごしたことのある仲だから……」
「もちろん、ウォルト様が結婚してからは、奥様の手前そういうことはしていないわ」
「でも、このあたりで奥様であるあなたに、忠告しておいたほうがいいのではないかと思って」
 それぞれ控えめに微笑みながらも、令嬢たちは歌うようにどんどん言葉を投げてくる。
「殿方というのは多かれ少なかれ、多くの女性と枕を交わしたいと思う生き物なのよ」
「ウォルト様もその例に漏れていないわけだから、あまり過剰な期待は持たないほうがよろしいということをお伝えしたかったの」
「今は新妻であるあなたに気を遣って、夜にお出かけすることは少ないと思うけれど」
「社交期も盛況になってきたし、そろそろお屋敷を抜け出す頃じゃないかしら」
 したり顔で頷く令嬢たちの存在が、フィオーナにはどんどん遠くなっていくように感じられた。
 代わりに大きくなっていくのは、どくどくといやな鼓動を刻む自分の心音のほうだ。
 手にしていた扇を思わずぎゅっと握りしめると、令嬢たちは身を乗り出して『忠告』を重ねてくる。
「あなたを大切に扱っているのは、あなたが愛されているとすっかり安心して、浮気を疑わなくなるときを待っているからだと思うの」
「あとで悲しい思いをしたくないのなら、今からきちんと心構えを持っていたほうがいいわ。つらいことを言っているのは重々承知しているけれど、あなたのためを思って言っているの」
「蜜を求めて花から花へ移ろうのは殿方の性よ。そう思えば傷つくことはないでしょう?」
「世の奥方に求められるのは、そういった殿方の性質を十分に理解して、寛大な心で受け入れることですからね」
 当然、フィオーナもそうするべきだと頷き合って、令嬢たちはにっこりと微笑んだ。有意義な忠告ができたことで、晴れ晴れとした気持ちになったのだろうか。
「お伝えしたかったのはそれだけですわ。突然ごめんなさい。でも、あなたのような美しい方が、悲しみで涙するなんてわたくしたちも耐えられませんもの」
「貴族の奥方としての心得をしっかり持っていれば問題はありませんわ。噂の『氷姫』たる侯爵夫人ですから、言われるまでもないと思いますけど」
 一人のその言葉に、全員がコロコロと愉しげに笑う。その笑いに悪意があるように感じるのは、フィオーナの考えすぎなのだろうか?

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