【3話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

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「美しさしか取り柄のない出来損ないのフィオーナ! 喜びな、おまえの結婚相手が決まったよ!」
 いつも通り、なんの前触れもなくサロンに呼び出されたフィオーナは、満面の笑みでいるサンドラを前に、感情のない表情でたたずんでいた。
 侮辱のような言葉をぶつけられても、結婚相手が決まったと聞かされても、彼女の口元の筋肉一つも、ピクリとも動かない。
 だがサンドラは構うことなく、上機嫌に扇をはためかせながら喋り続けた。
「相手は古参の貴族で、実業家としても名高いブランドン侯爵だ。おまえの美貌をぜひとも手に入れたいと、目がくらむような大金を積んでおまえを買ってくださったのさ!」
 花嫁を『買う』――ひどい表現だが、実際に多額の金が動いたというなら、そう表現するのが正しいのだろう。フィオーナ自身はまったく関与していない話だが。
「年はちょっと離れているけどね。なぁに、この世界じゃ十七の娘と、六十の老人が結婚するなんてよくあることさ」
 ご機嫌なサンドラはなんでもないように言うが、普通の若い娘であれば、六十歳の老人と結婚させられると聞けば、その場で卒倒してもおかしくはない。
 しかしフィオーナはわずかに目を上げただけで、反応らしい反応も見せなかった。
「それに、老い先短いジジイに嫁げば、すぐに未亡人になれる。そうすりゃおまえはこの家に戻ってきて、また次の金持ちに嫁げばいい。そのたびに我が伯爵家には金が入ってくるから万々歳だよ!」
 そうなったときの算段をしているのだろう。サンドラの高笑いは止まらなかった。
「フィオーナ、おまえの取り柄といえばその綺麗な顔くらいしかないんだからね。せいぜいその美しさを保って、可愛がってもらうことだ。もうろくしたジジイに媚びを売ることくらいワケもないだろう?」
 どんな言葉を投げつけられても、フィオーナの表情は変わらない。
 ここでなにを言っても継母の考えは変わらないし、下手に反抗すれば手酷いしっぺ返しを喰らうことを、この十年で骨の髄まで叩き込まれている。
 なにも反応せず、ただただ従順に――
 それが継母サンドラのもとで平穏に生きていくために、フィオーナが見い出した悲しい処世術だった。
「結婚式は一週間後の日曜日だ。おまえとすぐ結婚したいからと言って、侯爵は特別許可証を手に入れたそうだよ。向こうは老い先短い身の上だからね。焦る気持ちもわかるが。――どのみちそれだけ望まれるなんてありがたいことだ! いい相手を見つけてきてやったんだから、おまえはわたしに感謝するべきだよ、フィオーナ!」
 胸を張って言い切るサンドラに対し、フィオーナは軽く頭を下げた。
「ありがとうございます、お母様」
 しかし、そう答えた途端にサンドラの表情は一変する。勝ち誇った笑顔がすっとなくなる瞬間を目の当たりにし、フィオーナの背筋は凍りついた。
「平べったい言葉だねぇ……。まったく感謝の気持ちが見えやしない。おまえ、本当にありがたいことだと思ってるのかい?」
「……も、もちろんです、わたしは――」
 唇が震え出すのを必死に抑え、頷くフィオーナだが――
「見え透いた嘘をつくんじゃないよ!」
 突如として激昂したサンドラは、手にしていた婦人用の杖を、フィオーナの臑《すね》に思い切り叩きつける。
 幾重にも重なったスカート越しでも、かなりの衝撃が走り、フィオーナはたまらず絨毯の上に倒れ込んだ。
 次のときには、彼女の無防備な腹部に、サンドラの靴先がどうっと深くめり込む。
「おまえのような綺麗すぎて気色悪い娘を、わたしは十年も世話してやったんだよ!? 高い教師代を払って淑女教育をさせて、ドレスや宝石を買って、金持ちに嫁げるように最高の淑女に仕立て上げてやったんだ!」
 倒れたフィオーナを何度も踏みつけ、杖で打ち据えながら、サンドラは唾を飛ばして怒鳴った。
「その恩も口にせずに、反抗ばかりして! 可愛げがないにもほどがあるよ! おまえの継母がわたしじゃなかったら、顔しか取り柄のないつまらない娘など、とっくの昔に売られて野垂れ死んでいただろうに! それがわからないのかい!?」
 絶え間ない罵声と暴力のあいだ、フィオーナは頭を抱えてひたすら小さくなっていた。
 こうなったときの継母になにを言っても無駄だ。怒りという感情の嵐が過ぎ去るのを、ひたすら黙ってやり過ごすしかない。
 だが大きく振り上げたサンドラの足先に、鳩尾を強く蹴りつけられたときには、さすがに息が詰まって苦しい声が漏れた。
「……おっと。これ以上はやめておいたほうがいいね。曲がりなりにも嫁に行く身だ。痣でもついていたら、初夜で夫になんと言われるかわかったもんじゃない」
 先ほどまで激昂していたとは思えないほど、ころっと表情を変えて、サンドラはドレスの裾を優雅に整える。
 わずかに乱れた後れ毛あたりに扇をはためかせて、彼女は再び上機嫌な笑みを浮かべた。
「なんでもブランドン侯爵は、社交界きっての女好きで有名だそうだ。多くの女を食い散らかしてきたなら、生意気な小娘の扱いもよく心得ているだろう。せいぜい可愛がってもらうことだね」
 ふふんと鼻を鳴らして、サンドラは軽く手を打ち鳴らす。近くに控えていた使用人がすぐにやってきた。
「この娘を部屋に運びな。厳重に閉じ込めて、結婚式まで一歩も外に出さないように」
 無情ともいえる命令に、使用人たちは顔色一つ変えず頭を下げる。サンドラはさらに命じた。
「ただし、入浴は一日に二度はさせること。食事も美容にいいものをどんどん食べさせるんだ。傷痕も式までにすべて綺麗にしないと承知しないよ」
「かしこまりました」
 さらに深く頭を下げて、使用人たちは従順に答える。
 鼻歌を歌いながらサンドラが出て行くと、彼らは腫れ物にさわるような目つきでフィオーナを見やった。
「立ってください。お部屋に戻りますので」
 フィオーナは痛む胸元を押さえながら、よろよろと立ち上がろうとする。
 もたついているのを見かねた使用人が、腕を取って引っ張り起こした。容赦ない力で掴まれ、痛みのあまりうめき声が漏れる。
 それでも使用人たちは手を止めずに、フィオーナをどんどん引きずっていった。

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