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【23話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

作品詳細

「そんな……ウォルト様が悪いわけでは……」
「うん。でも、求婚したいと思うほど好きな女の子が、自分の知らないところでつらい思いをしていたなんて、許せることじゃないんだよ。君を苦しい目に遭わせたひとたちのことも、見過ごしていた自分のことも――」
 そこまで言ったウォルトはやや言葉を詰まらせ、フィオーナの腕に添えていた手を、彼女の背に回してくる。気づけば、彼にぎゅっと抱きしめられていて、フィオーナは大きく息を呑んだ。
「ウ、ウォルト様……」
「すまない、君の苦しみに気づくのが遅れてしまって……。もっと早く、君の境遇に気づいていれば……」
 太くたくましい男性の腕に抱きしめられて、フィオーナはただただ戸惑ってしまう。
 だがそれ以上に、ウォルトの肩が小さく震えているように思えて、ひどく衝撃を受けた。まるで泣いているみたい……
 彼が悲しむ姿など見たくなくて、フィオーナはとっさに、彼の肩に自分の手を添えていた。なんと言っていいかわからなくて、でもなにかしたくて……先ほどしてもらったのと同じように、彼の肩から腕までをそっと撫でてみる。
 するとウォルトは小さく笑って、フィオーナの額に自分の額を押し当てた。
「……ほら、君は昔と変わらない。優しくて、誰かが苦しむ姿を放っておけない、思いやり深い女の子だ」
 自分ではすっかり暗い方向へ変わってしまったと思っていただけに、嬉しそうにそう微笑まれると、胸のうちが喜びのような戸惑いのような、くすぐったい気持ちで揺れ動く。
「君のことが好きだよ、フィオーナ」
 フィオーナの両手を取ったウォルトは、祈るような面持ちで彼女を見つめてくる。
「ずっと、君にあのときのお礼を言いたかった。僕を苦しみから救い出してくれた君を、今度は僕が救いたい。愛するひとには、いつだって笑っていてほしいから」
「……ウォルト様……」
「……ほんの少しずつでいいんだ。ここでの生活に慣れて、今まで受けた傷を癒してからで構わない。構わないから……いつかは、僕のことも、好きになってくれないだろうか?」
 愛しているから愛せと、一方的な気持ちを押しつけるのではなく、ウォルトはあくまでフィオーナの気持ちを尊重して懇願してくる。ほんの少し目元を染めながらも、フィオーナのことをまっすぐ見つめて素直な気持ちを口にした彼を前に、彼女の胸には熱いものが込み上げてきた。
 これまで、十年――なにを言っても反抗的だと捉えられ、ときに閉じ込められ、手を上げられ、ひどい仕打ちを受け続けてきたフィオーナだ。心に負った傷は深く、誰かを愛するという気持ちも、ずいぶん遠くへ行ってしまった気がする。
 それでも……フィオーナのこれまでを受け入れ、いたわり、その上で救いたいと言ってくれる彼に、心を動かされないはずはない。
 気づけばフィオーナのアイスブルーの瞳からは、ぽろぽろと透明な涙がこぼれ落ちていた。そう、氷が暖かな日差しで溶かされ、雫となってこぼれるように――
「フィオーナ……」
 ウォルトが軽く目を瞠る。それからたまらなくなった様子で、再びフィオーナをぎゅっと抱きしめてきた。
 記憶にある父の抱擁より力強くて、とても温かくて、安心できる……この十年、どれだけ欲しても得られなかったぬくもりに包まれて、フィオーナは涙が止まらなくなってしまった。
「わ、わたしも……ウォルト様のことを、好きに、なりたいです」
 気持ちが昂ぶって何度もしゃくり上げながら、フィオーナは溢れる気持ちをなんとか伝えようと、必死に言葉を絞り出した。
「わたし、結婚が決まったと聞いても、う、嬉しく、なくて……嫁いだ先で、今度はどんな仕打ちを受けるんだろうって、怖くて……っ」
「うん」
「でも、ウォルト様はずっと、や、優しくて。この家のひとたちもみんな、親切で……わ、わたし、それが嬉しくて、わたしこそウォルト様にお礼を言いたくて、それで、あの、ドレスでおしゃれを……」
「そうだったのか……。ありがとう。とても嬉しかった。君はいつだって綺麗だけど、今日は格別だった。今も」
「泣いているのに……」
「泣き顔も可愛い」
 グズグズと鼻を啜るフィオーナに気づいたウォルトは小さく笑って、彼女の頬に唇をそっと押し当てた。そして溢れ出た涙を優しく吸い上げる。
 頬に感じたぬくもりにびっくりして、フィオーナは思わず身を引いた。
 するとウォルトも驚いた様子で、「あっ」と口元を押さえる。
「ご、ごめん。つい……っ」
 焦った様子で赤くなるウォルトを見て、フィオーナも一気に恥ずかしくなる。彼女がじわじわ赤くなっていくのに気づいて、ウォルトは再度「ごめん」と呟き離れようとしたが――
 彼が背を向ける気配を察したフィオーナは、反射的にその腕に抱きついていた。
「フィオーナ?」
「あ、あの……っ」
 自分で自分の行動に面食らいながらも、フィオーナは勇気を奮い立たせる。
「その、びっくりしただけで、いやだったわけでは、ないです……っ」
 ウォルトが大きく目を見開く。固まってしまった彼を見て、フィオーナはつい怒られるのではないかと身構えた。
 だがウォルトは怒るどころかほっとした様子で破顔し、再びフィオーナを抱きしめてくる。
 ぬくもりに包まれて、フィオーナもまたほっとした。あやすように髪を撫でられるのが心地よくて、おずおずと彼の肩口に頭をもたせかける。温かくて安心できて、でも少しすると心臓がトクトクと早足になってきた。
 ウォルトも同じ感覚だったのだろうか? やがて彼は意を決した様子で、フィオーナの頬を優しく撫でた。
「頬にキスがいやじゃないなら……ここにも、口づけていい?」
 彼の親指が、フィオーナのふっくらした下唇をゆっくりなぞる。そのふれあいだけで、フィオーナは首筋まで真っ赤になった。
 夫婦になった男女が行うことについて、詳しく知っているわけではない。
 ――でも、愛するひと同士が、互いの唇を重ねることの意味は知っている……
 恥じらいのあまり睫毛をかすかに震わせながらも、フィオーナは小さく頷いた。
 ウォルトはほっとしたように息を吐き、フィオーナの頬を優しく撫でる。そして、静かに唇を重ねてきた。

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