【2話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

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 ――そんなフィオーナと対照的だったのは、彼女のそばに陣取り、挨拶にやってくる招待客に機嫌良く接していた、リディアム伯爵夫人サンドラだった。
 今は亡きフィオーナの父、リディアム伯爵の後妻としてこの家にやってきたサンドラは、時折高笑いも交えながら声高に話し続けている。
「ええ、ええ、フィオーナは自慢の継子ですのよ。わたくしがこちらにお嫁入りした頃には、なかなか打ち解けてくれなくて困ったものですけど、隣国の修道院――まぁ、ご存じですの? そうです、規律と戒律で大変厳しいと有名な、あのレガンヌ修道院ですの――そちらで預かっていただいて、それからはすっかりこのように……。今は毎日刺繍や楽器を一緒にするくらい仲がよいのですよ」
 もともとの声が高いせいか、ちょっと声量を上げただけで、サンドラの言葉は広間の端まで響いていく。
「それにこれだけ美しい娘ですからね。そろそろよい嫁ぎ先を探してやらなければと思っていますの。この子の幸せについては、亡き夫も一番に気にかけていましたから」
 フィオーナをチラリと見やって、サンドラは目元をハンカチーフでそっと押さえる。血は通わずとも情は通っていることを知らしめるような仕草だ。
「お嬢さんのような美しい姫君なら、それこそ引く手あまたでしょうに。すでにお約束している方もいらっしゃるのではないですか?」
 周囲に集まっていたうちの一人が、朗らかに問いかけてくる。サンドラはそちらに向けにっこりしながら、小さく首を振った。
「いいえ。わたくしとしても継子には幸せになってほしいですから。お相手は慎重に選ばなければなりませんの」
 口元に添えていた扇をパチンと閉じて、サンドラはそれとなく周囲を見回した。
 近くに集まっていたのは、いずれもフィオーナの美しさに惚れ惚れしつつ、サンドラの言葉にさりげなく聞き耳を立てていた若者ばかりだ。サンドラはさらに声を大きくする。
「娘にはもちろん、由緒正しい家柄の方と添い遂げてもらいたいと思っております。家柄だけではなく、もちろん資産も大事ですわ。可愛い娘が嫁ぎ先で苦労するなんて考えられませんもの。それなりの財力をお持ちの方でなければ、話にはなりません」
 きっぱりとした物言いに、何人かの若者が気概を挫かれた様子で口をゆがめる。
 だが招待客の大半は、それなりの財を持つ家の者ばかり。残念そうな表情を浮かべたのは本当にごく一部で、あとの者はいっそう聞き耳を立てていた。
「それで、わたくし考えましたの。娘の結婚相手は、娘を迎えるための財力があることを、きちんと示してくださる方の中から選ぼうと」
「財力があることを示す、ですか」
 質問した紳士が面白そうに繰り返す。サンドラは軽く頷くと、今度はフィオーナに目を向けた。
「おまえもそう思うでしょう、フィオーナ? 女は財ある方に嫁いでこそ、その美しさを維持し、さらに磨いていけるものですもの。ねぇ?」
 すると、それまでまったく動かずにいたフィオーナ嬢が、初めてかすかに口を開いた。
「――はい。お母様のおっしゃるとおりです」
 鈴を鳴らしたような、とても可愛らしい声だった。
 かすかに震え、かすれたように聞こえるのは、長時間黙っていたせいか、あるいはまだまだ慣れない公の場に出てきた緊張のせいか……
 いずれにせよ、庇護欲を掻き立てられる愛らしい声に、居並ぶ男性陣はゴクリと唾を飲み込んだ。
 対する女性陣は思い切り眉をひそめる。彼女たちにとっては可愛らしい声よりも、フィオーナが継母の言葉にあっさり頷いたことのほうが問題だった。
「まぁっ、なんて図々しいのかしら。いくら継母様の言うことだからって……」
「ええ。あれでははっきりと『お金目当てで結婚します』と宣言したようなものじゃないの――」
 たいていの女性は、資産家で家柄もいい殿方に嫁ぐことを夢見るものだ。
 だが神がかった美貌に恵まれた美少女がそれを望むとなると、あまりに虫がよすぎないかと思ってしまうものらしい。
 だが女性たちの冷ややかな視線などものともせずに、サンドラは嬉々として笑顔を振りまき続ける。
「フィオーナもこう申しておりますので、これから娘に求婚なさる方には、きちんとした誠意を見せていただこうと思っておりますの。――そう、たとえば、求婚に訪れる際には、それなりの手土産を持ってくるとか」
 遠回しに言っているが、つまりは『求婚の申し込みと一緒に多額の金品を持ってこい』という意味に他ならない。良識のある者は眉をひそめたり、口をひん曲げたりした。
 だが逆に言えば、金さえ積めばフィオーナを手に入れられるということだ。それに気づいた独身の青年たちは、たちどころに目を輝かせる。
 女性陣は苦い顔だが、自分たちが狙っている青年たちが、目の色を変えて囁き合っているのを見れば、心穏やかではいられない。
 なんとも言えない空気が漂うが、発言者であるサンドラはまるで意に介さずに、歌うように宣言した。
「なさぬ仲の娘とは言え、わたくしはフィオーナをそれはそれは大切に思っておりますのよ。継子が嫁ぎ先でも大切に扱われるように、フィオーナに求婚される方々には、ぜひ相応の真心を示していただきたいと存じます」
 ――この言葉を皮切りに、翌日から数え切れないほどの求婚者がリディアム伯爵家に殺到することになる。いずれもかなりの額の現金や小切手、目がくらむような宝石を持参しての来訪だった。
 高価な贈り物を携えて、一人の令嬢に列をなして求婚しに行く男性たちのことは、たちまち話題になり、これほど多くの独身の貴族を熱くさせる『氷姫』フィオーナとはどういう令嬢だろうと、ますます噂も加速した。
 天上から舞い降りた天使だとも、美しい湖面が凍りついてできた妖精だとも――はたまた、多くの男を惑わす魔女だとも言われたが、その美しさが本物であることは疑いようもない。
 だが金目当てで結婚相手を決めるとなれば、外見はともかく中身はたいしたことはないのだろうと、悪く言う者も後を絶たなかった。

 そうして王都中の話題を攫った求婚行列から約十日――
 サンドラはついに、継子フィオーナの結婚相手を決めた。

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