【16話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

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「大丈夫ですか、奥様。震えは収まってきたようですが……」
「本当に申し訳ありませんでした、奥様。どうぞお許しくださいませ……!」
 一人のメイドが足下に跪き、震えるフィオーナの手を包んで、温めるようにさすっていた。裁縫箱を片付けてきたメイドは、その隣で今にも泣きそうな面持ちで頭を下げている。
 他のメイドも心配そうに、フィオーナの様子を見守っていた。
 フィオーナは恐る恐る顔を上げる。誰も彼もが自分を心配している様子に改めて気づき、胸の奥がジンと痺れたように疼いた。
「あ、の……わたしが針を持たなくても……怒らない、の?」
 つい心に浮かんだ疑問を口に出すと、メイドたちは驚いた様子で顔を見合わせ、それからにっこりと頷いた。
「ここでは、奥様がしたいと思ったことをなさればよろしいのです。逆に、したくないと思ったことは、されなくて結構です。誰もそれを咎めることはいたしません。奥様に快適に過ごしていただくことが、わたくしたちの仕事であり、願いでもあるのです」
「願い……?」
 メイドたちはしっかり頷いた。
「ですから、なにかやりたいと思ったことがありましたら、どうぞ遠慮なくおっしゃってくださいませ」
 この屋敷に入ってから、何度となく言われてきた言葉だ。フィオーナがしたいことをしていいのだと。
 そう言われても、これまでやれと言ったことをやるばかりだったから、自分がなにをやりたいかなど、まるで思い浮かぶことがなかった。
 けれど、本当はそうではなかったのだろう。この十年、やりたいことや言いたいことがあっても、すべて黙殺されてきたから、無意識に心に蓋をして、自分の希望から目を背けてきただけなのだ。
 本当は、やりたいことも、言いたいことも、たくさんあったはずなのに――
(ここでなら……やりたいと思ったことを、できるのかもしれない)
 そう思ったとき、フィオーナの心の奥に、ぽっと明かりが灯った気がした。メイドたちの笑顔が、その光を大きくしてくれる。
「……それ、じゃあ……」
 そうしてフィオーナは、本当に何年かぶりに、自分の希望を口にした。
「お庭に出てもいい?」

 もともとフィオーナは庭遊びが好きだった。小さな頃はエプロンドレスが泥だらけになるほど、愛犬と外を走り回っていたのだ。
 父を失ってからは庭を散歩するどころか、日焼けをしてはいけないという名目で、屋敷の外に出ることすら禁止された。おそらく脱走を警戒してのことだったのだろうが……
 そのため、飼っていた犬たちに会うことすらできなくなった。猫にも……。血統書つきの立派な動物たちだったが、継母サンドラは動物嫌いで、猫が脇をすり抜けるだけで顔をしかめていたから、よそに売られてしまったのだ。
 別の場所に引き取られていても、そこで可愛がられているなら、そのほうがいい。
 そんなことを考えつつ、フィオーナは庭に作られた小道を歩いて行く。
 専属の庭師に整えられ、春の日差しを存分に浴びた庭園はとても美しかった。自室の窓からも庭園が見えたが、実際に部屋を出て歩いて見ると、花壇に植えられた花や小川のせせらぎ、木漏れ日などが間近に感じられて、清々しい気分になった。
(いい匂い……花壇のお花も、緑の草も)
 日の光を浴びてキラキラしている水面も、木漏れ日の向こうにどこまでも広がる青空も。
 見ているだけで胸がいっぱいになって、なんだか涙が出そうになる。
(このお庭が丁寧に整えられているからかしら? 目に映るものすべてが、とてもまぶしくて、綺麗……)
 そこここを飛び交う蝶に導かれ、ひたすら道を歩いて行くと、気持ちも軽くなって走り出したくなってくる。もちろん、裾の長いドレスでそんなことはできないけれど――
 それでも、いつの間にか早足になっていたらしい。左手に東屋が見えたので、自然とそちらに向かって歩いて行くと、背後から少し強めに声をかけられた。
「奥様、お待ちくださいませ!」
 フィオーナはびくっと肩を揺らして立ち止まる。胸に湧いた高揚感が一気に消え失せ、代わりに足下から冷たさが這い上がってきた。
 やっぱり出歩いてはいけなかったのだ。真っ先に浮かんだのはそんな言葉で、叱責を受けると思ったフィオーナは全身を強張らせた。
「申し訳ございません、奥様。長く散策されるとは思わず、日傘の用意が遅れてしまいました。せっかくの白い肌が日焼けしては大変ですから」
 息せき切ってやってきたメイドは、手にしていた日傘を開いて斜めにかざしてくる。
 フィオーナはそれまで木陰を歩いてきたが、東屋へ行くほうには日陰となるものがなにもない。それに気づいたメイドが、慌てて背後から声をかけた、ということだったらしい。
 ――怒られるわけではなかった。そう気づいたフィオーナはほっとするあまり、その場に座り込みそうになってしまう。
「奥様!? 申し訳ありません、おそばを離れたばかりに……! 誰か! 手を貸して!」
 ふらついたフィオーナを慌てて抱き留め、メイドが声を張り上げる。すると驚くべき早さでひとが集まってきた。
「奥様、大丈夫でございますか!?」
「ひとまず日陰へ……東屋に入りましょう!」
「奥様、失礼しますよ」
 駆けつけた大柄な庭師が、恐縮しながらフィオーナを抱き上げ、東屋へと急いで運び込む。
 フィオーナは目を白黒させた。男のひとに抱え上げられたことももちろん驚きだったが、集まった使用人たち全員が血相を変えて、フィオーナのためにあれこれ世話を焼いているのにびっくりしたのだ。
 おまけにどうやら、暑さで立ちくらみを起こしたと思われたらしい。火照りを冷やすための氷に、冷たい飲み物まで運び込まれて、フィオーナはなんだか申し訳なくなってしまった。
「あ、あの……、あのね、違うの。暑さに当てられたわけではないの――」
 横になってくださいと言われたフィオーナは、急いで訂正した。

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