【13話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

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「……まぁ、どのみち夫人が帰ってくるまでは日があるからな。せっかくの新婚なんだ。楽しまなきゃ損だろう。悪いなウォルト、水を差すようなことを言って」
「いや……忠告に感謝するよ。案外すぐに、次の依頼をするかもしれない」
「親友のおまえの頼みならいつだって聞くさ。その代わり、報酬はしっかりもらうからな」
 指で輪っかを作りながらニヤリと笑いかけてくるアレンに微笑みを返し、ウォルトは今度こそ個室を出る。
 外へ出るとすっかり夜が更けており、客引きが盛況になっていた。近寄ってくる女性たちをさりげなく避けて、ウォルトは辻馬車を拾う。
 屋敷に着く頃には、きっと真夜中近くになっている。フィオーナはもう眠ってしまっているだろう。
 小さく息をついたウォルトは、馬車に備えつけられていたランプに明かりを入れる。そして手にしていた封筒の中身をおもむろに引っ張り出した。
 揺れる馬車と細い明かりの中、目をこらして内容を読み進める。綴じられた資料をめくるごとに眉間の皺を深くして、ウォルトは妻となった少女の半生をたどっていった。

 ――そろそろ真夜中になる。
 自分に与えられた部屋と、その隣に広がる夫の部屋の、ちょうど中間点に夫婦の寝室はあった。
 広々とした床には、深緑の落ち着いた色の絨毯が敷き詰められている。部屋の中央には、絨毯と同じ色のカーテンが下がる、天蓋つきの寝台が置かれていた。
 二人で眠るにしても大きな寝台だ。その上でどんなことが行われるかを想像して、期待や羞恥ではなく、不安や恐怖を覚えたフィオーナは、そこからふいと視線を逸らした。
「旦那様は本日は遅くなるとおっしゃっておりましたので、どうぞ先にお休みになってくださいまし。ご希望でしたら話し相手もお呼びしますが……それともまた本をお持ちしましょうか?」
 ここまで案内してきたメイドが控えめに申し出る。
 フィオーナは、相変わらずどう答えたらいいのかわからないまま、恐る恐る首を横に振った。
 女主人が一人になりたいのだろうと察したメイドは、「それでは、おやすみなさいませ」と頭を下げて部屋を出て行く。
 寝室の扉がパタンと閉まると、フィオーナは小さくため息を吐き出した。
 大きく取られた窓にはすでにカーテンが引かれている。フィオーナは窓辺に歩み寄り、重たいカーテンをそっと開いて、頭上に輝く月を見上げた。
 暗い部屋で月を見ていると、胸の奥がきゅうっと痛くなってたまらなくなる。この窓から見える月は、あの屋根裏部屋から見上げていた月と変わらない。
 与えられた課題が上手くできなかったときは、家庭教師に散々鞭を打たれたあと、使用人によって屋根裏部屋に閉じ込められるのがお決まりだった。そんなときのフィオーナは、木肌が飛び出している床に仰向けになったまま、天窓から見える月を見るともなく見つめていたのだ。
 痛みと発熱でぼうっとする中で見上げる月は、徐々にぼやけて、最後は夜空に溶けて消えていくようだった。いつの間にか流れ落ちていた涙が、月の光すら滲ませていたのだろう。刻々と変わる月の見え方も、呼吸するたびに痛む身体も、しんしんと冷えていく心も、なにもかも鮮明に思い出せる。
 今日一日は穏やかすぎて恐ろしくなるほど、夢のような一日だった。
 誰に邪魔されることなく読書をし、昼になればできたての美味しい昼食が並べられた。
 メイドたちはフィオーナが退屈していないか折を見てやってきては、摘み取ったばかりの花をテーブルに飾ったり、新たな本を持ってきてくれたりした。
 お茶の時間にはクリームをたっぷり使ったケーキと砂糖菓子、高級茶葉で淹れた紅茶を振る舞われ、夕食の時間が近づけば綺麗なドレスに着替えを促される。
 夕食は一階に備えられた広い食堂で取ったが、給仕が三人も控える豪勢なもので、一人で食べるにはもったいないほどだった。銀食器に載せられた料理も大変美味しかった。
 自室に戻れば、またメイドたちがそばについて、着替えや入浴の世話をしてくれた。誰も彼も丁寧で、笑顔で、とても優しい。
 結婚前の一週間は、伯爵家で日に何回も入浴させられたが、使用人たちの手つきはいずれもおっかなびっくりで、腫れ物にさわるという表現がぴったりの有様だった。
 ここのメイドたちは違う。フィオーナの身体をスポンジで磨きながら、きめの細かい肌だと褒め称え、髪に香油を擦り込みながら、癖がない上、綺麗な色で素敵だとうらやましがられた。
 フィオーナのことを褒めたり気遣ったりすることはあれど、怒鳴ったり睨んだり、無視してくることは決してなかった。フィオーナがいやだと思うことも、ひとつもしてこない。
 幼い頃は、確かにこんな生活をしていた気がする。
 だがその後の苦しみが大きすぎたせいか、つらいことが一つもないと、これからどんな困難が待ち受けているのかと思って、逆に恐ろしくなった。
 今も、勝手にカーテンを開けて怒られやしないかと、背筋がヒヤヒヤして落ち着かない。
(もう真夜中も過ぎた頃だわ……)
 本人も朝に言っていたが、どうやら夫の帰宅は遅くなるらしい。世の男性はこんな時間まで仕事をしているのだろうか?
 伯爵家には父亡きあと、財産や領地を管理するための官吏が派遣され、屋敷に駐在していた。だが、こんなに遅くまで働いている様子はなかったと思う。ほとんど顔を合わせることがなかったから、どんな仕事をしているかもわからなかったが。
 メイドたちは先に休んでいていいと言っていたが、本当にそうしていいのだろうか?
 妻たるもの、夫が帰ってくるまで、きちんと起きていなければいけないのでは?
(それに、初夜も……まだしていないわけだし)
 今日がその日になるかもしれないと思えば、おちおち寝ていてはいけない気がする。
 だが起きていたらいたで、「なぜまだ起きているんだ?」と怒られる可能性もある。
 ――どうすれば正しいのかわからない。フィオーナはカーテンの布地をぎゅっと握りしめた。

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