【10話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

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 フィオーナがおずおず頷くと「ありがとう」と礼を言って、彼女の装いにさっと目を通す。
「昨日のウェディングドレス姿は女神みたいに綺麗だったけど、普段使いのドレスもとても可愛らしくていいね。パステルブルーがよく似合う」
 臆面もなく綺麗とか似合うと言われて、フィオーナは困惑した。
 どうやら彼は夕べのことを怒っていないらしい。それどころか自分が用意したドレスを、フィオーナが身につけていることに満足している様子だ。
 本当に怒っていないのかしら……? と思ったフィオーナは、つい相手の顔をまじまじと見つめる。おかげで、それまで気にも留めていなかった夫の顔の造作まで注視することになった。
 口調と同じく、とても優しげな顔立ちだとぱっと見て感じられた。こちらを見つめる目は甘く垂れて、透き通るような青い瞳は穏やかな色を宿している。
 だが軟弱な印象はなく、すっと通った鼻梁や頬から顎にかけてのラインは力強い。襟からのぞく太い首や大きな肩が、まぎれもない男性であることを伝えてくる。
 鞄と帽子を手に持ち、タイを締め、きちんとした上着を着込んでいるためか、全体的にキリッと引き締まって見えて、とても格好良かった。
「慌ただしくてすまないが、会社に出かける時間なんだ。それに今日は用があって、帰りは遅くなる。先に夕食を済ませていて構わないよ」
 フィオーナが再び頷くと、彼は帽子を被って馬車へと歩き出した。
 見送りに出ていた執事やメイドたちにそっと背中を押されて、馬車に乗り込んだ彼に恐る恐る声をかける。
「あの……いってらっしゃいませ、旦那様」
 するとウォルトは軽く目を見開き、次いでにっこりと笑った。
「可愛い奥さんに見送られるのは、想像以上にいい気分になるものだ。明日からもそうして見送ってくれると嬉しいな」
 フィオーナはなんと言っていいのかわからず、ただ首を縦に振るしかできない。
 だがそれだけの反応にも彼はとても嬉しそうにして、行ってきますと挨拶すると、馬車の扉を閉めた。
 よく手入れされた侯爵家の馬車は、アプローチを軽快に走り抜けていく。フィオーナはなんとなく玄関先に立ったまま、馬車が見えなくなるまで見送った。
 きつく叱られるものだと思い、それなりに身構えてやってきたから、彼が昨夜のことをまるで怒っていないのに呆然としてしまう。
 ――それどころかフィオーナの装いを可愛いと言い、見送りに出たことを喜んでくれた。
 今後も見送って欲しいというのが彼の望みなら、明日も明後日ももちろん見送る。けれど……彼がいないあいだは、いったいどうやって過ごせばいいのだろう?
 無事に見送りが済み、自室に戻ったフィオーナは困ってしまった。
 どうやらこの家の奥方は、特にやらなければならない仕事などはないらしい。
 伯爵家にいた頃はひっきりなしに教師がやってきて、やれ勉強しろ朗読しろピアノを弾けと命じてきたが、ここではそういうことはないようだ。
 窓際のカウチに座り、ぼうっと外を見ていると、メイドが気を利かせていくつかの本を持ってくる。
「読みたい本などありましたら取り寄せますね。読書以外でも、されたいことがありましたら、なんでもして構いませんので」
 なんでもしていいと言われても……もう十年も一方的に命令されるばかりの生活を送ってきたから、いざ自由になったところで、なにをやりたいのかも思いつかない。いっそやることを指定してくれたほうが楽だとすら思える。
 ひたすらに戸惑いながらも、フィオーナはひとまず用意された本に手を伸ばした。せっかく持ってきてくれたのだから、ひとまず読んでいれば間違いないはず。
 美しい挿し絵の入った姫君と騎士の恋物語に、心をときめかせるどころか、どんどん悩みに沈みながら、フィオーナは機械的にページをめくっていった。

*      *

 社交期が本格化してきただけに、王都の店は宵の口から夜遅くまで、どこも連日賑わっている。
 その中でも、高位の貴族を顧客とした会員制の高級クラブに、仕事を終えたウォルトは立ち寄っていた。今夜は以前から、ある人物と待ち合わせをしていたのだ。
 どうやら相手のほうが先にきていたらしく、受付にいた店員は、ウォルトの顔を見るなり「こちらです」と案内していく。
 やがて奥まった個室にたどり着き、店員はごゆっくりと挨拶して下がっていった。
「――よう、ウォルト。遅かったな。この時期にも仕事しているなんて、本当に熱心な実業家だ」
 個室に入ると、先に酒とたばこを楽しんでいた相手が軽く手を上げた。
 彼はウォルトの旧友であり、学生時代は同じ寮で過ごした親友、アレンである。
 今は人目がないため、タイを緩め上着も脱いだラフな格好でいるが、実は国内でも有数の名家、ヴィオーレン公爵家の出身だ。嫡男ではなく次男のため、比較的自由を許されているが、それでも王族に匹敵する身分であることは間違いない。
 だが本人は気取ったことが大嫌いで、見知らぬ人物はとにかく、親友のウォルト相手にはとても砕けた態度で接していた。
「新婚なのに、こんな時間に外出していていいのか? 家に帰ればあの麗しの『氷姫』が待っているだろうに」
 砕けているだけに、尋ねる言葉にも遠慮がない。
 ウォルトは苦笑しながら、机の上に置いてある呼び出しのベルを鳴らした。
「その呼び方はあまり好きじゃないと、何度も言っていると思うが? ――彼と同じのを頼む」
「お、今日は飲むつもりなのか? めずらしい」
「一杯だけだよ。君の言うとおり、家では可愛い奥さんが待っているからね」
 やってきた店員に注文をしながら、ウォルトは軽く肩をすくめる。やがて頼んだ酒が運ばれてくると、アレンが嬉しげににっこりした。
「とにかく乾杯だ。結婚おめでとう、ウォルト」
「ありがとう」
 お互い軽くグラスを掲げ、口に含む。このところのウォルトは忙しくて、酒を飲むことも控えていたから、久々に感じる酒精に肩の力がほっと抜ける思いだった。

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