【1話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

作品詳細

第一章 氷姫の結婚

「見ろよ、アレが噂の『氷姫』だ――」
 天井から吊り下げられたシャンデリアが煌々と照らす広間では、集まった紳士淑女が興奮気味に囁き合っていた。
 彼らの視線は一様に、広間の奥にしつらえられた、ひな壇に注がれている。
 その中央には豪華な作りの椅子が置かれ、そこには一人の令嬢が腰かけていた。
 令嬢……単にそう言い切るには、彼女の美貌はあまりに抜きん出ていた。
 だからこそ、集まった人々――特に、そろそろ結婚したいと考えている男性陣は、興味を隠そうともせず、盛んに意見を交換しているのだ。
「絶世の美女という噂は本当だったんだな……。彼女の社交界デビューとなった王宮舞踏会では、あまりの美貌に全員が釘付けになり、入場した瞬間はしんと静まりかえったというじゃないか。まさかそんなことはと思っていたが、確かにあの美しさを見せつけられると――」
「あの肌の白さ、真珠もかくやというまばゆさだ……! 滝のように流れる銀髪も、アイスブルーの瞳も……すべてが完璧だ」
「完璧すぎて、近づくのがちょっと怖いくらいだな。――ああ、だから『氷姫』とあだ名されているのか。確かに、さわったら痛みを感じる氷の彫像のようにも見える」
 興奮に満ちた囁きは、一つ一つはさざ波のような小さい声であっても、集まれば大きな波となって会場中を包み込む。
 だがそれも無理からぬこと。それほどまでに、豪華な椅子に腰かけた彼女は、誰もがハッと息を呑むほどの美しさを有していた。
 彼女こそ、今回の舞踏会の会場となった、このリディアム伯爵家の一人娘――将来はこの家の爵位と領地を継ぐことにもなる、フィオーナ・リディアムだ。
 彼女が公の場に姿を見せたのは今回が二度目。一度目は先週、王城にて行われた王宮舞踏会だ。今年で社交界にデビューするデビュタントたちに混ざって、趣向を凝らした真っ白なドレス姿で現れた彼女は、たちまち会場中の話題を攫った。
 雪のように透き通った白い肌に、ほっそりとした身体、滝のように流れるまっすぐな銀髪だけでも、話題を攫うには充分な美しさだったが、ほんの少しうつむきがちになったその面にこそ、注目の理由はあった。
 長い銀の睫毛が縁取る大きなアイスブルーの瞳に、すっと通った鼻筋、会場の熱気を浴びてほんの少しだけ上気した柔らかそうな頬。そして白い肌の中で鮮やかに花咲くように見える、ふっくらとした小さな唇――
 少女らしい清楚さと繊細さ、そしてこれから大人へ向かう年頃が持つ危うさや艶やかさが、すべて内包された顔立ち――多くの者が、その姿に一瞬で心を掴まれたのだ。
 神に愛されたとしか思えない美貌……それに加え、その所作も完璧であり、侵しがたい静謐さがあった。
 微笑みを見せず、凜とした面持ちながらわずかにうつむいている様子からは、名門の伯爵家に生まれついた高貴さと誇り高さがうかがえる。それが近寄りがたいオーラとなって放たれ、ともすれば見る者を気後れさせるほどだった。しかし、だからこそふれてみたいという欲望を抱く者も少なくなかったのである。
 彼女が主催者である国王夫妻に挨拶して、ともにやってきた母親と会場をすぐにあとにしたことで、より関心が高まったというのもある。
 おかげですっかり話題のひととなった彼女だけに、伯爵家主催の舞踏会が開かれるということを知って、是非とも参加したいという人間は軽く三桁に及んだ。
 だが実際に会場に入れるのは、招待状を受け取った幸運な一部の貴族のみ――伯爵家自体が名門の一家であるために、招待を受けた人々もそれなりの家柄の大貴族たちだ。
 彼らとて、幼い頃から礼節を仕込まれ、感情をあまり露わにしないよう言いつけられてきたであろうに――それでも興奮気味に囁き合っているということは、それだけ『氷姫』フィオーナの美貌が抜きん出ているという、なによりの証拠であろう。
 実際、デビュタントのときと違い、光沢のある銀色のドレスを着たフィオーナは、まさに『氷姫』の呼称にふさわしい美少女だった。
 一度見たら目を離せないほど、完璧な美しさ……
 ある者は天使を見たような恍惚とした面持ちになり、ある者は宗教画を見たような敬虔な気持ちになり――またある者は、その氷のごとく気高いであろう心を自分の色に染め上げたい、いっそのこと穢してやりたいという歪んだ欲望を抱いてしまう。
 抱く願望は違えど、ほとんどの男性がその美しさの虜となり、今にも跪こうとしている中――場を冷ややかに見つめているのは、女性陣だった。
「社交界デビューで話題を攫ったからといって、調子に乗っていると思いませんこと? 主催者一家の者でありながら、あそこに座ったまま微動だにしないなんて」
「普通は招待客に挨拶して回るものですのにね。デビューしたばかりで常識を知らないのかとも思いますけど、跡取りとなることが決まっているのにあの態度とは――」
「きっと自分の美しさと気位の高さを見せつけるのが目的なのでしょうね。お高くとまっているにもほどがありますわ」
 扇で顔を隠しながら、ひそひそと囁き合う彼女たちの呟きは、なんとも辛辣だ。ひな壇に向ける視線もお世辞にも好意的とは言いがたく、むしろ多分に敵意を含んでいる。
「きっとダンスの一つも披露しないつもりでしょう。案外そういったことは苦手なのかもしれませんわよ」
「お顔が綺麗な方にありがちですわよね。美貌さえ保っていればずっと愛されると勘違いするという……そういう方に限って、意外と早く老け込んだりするのに」
「確かに今はとてもお美しいご令嬢ですわ。でも……愛想笑いの一つもせずに、よく殿方に見初められようと思えますこと」
 嫌味を口にする女性たちの目にも、確かにフィオーナは『氷姫』の二つ名にふさわしい美姫として映っている。
 だからこそ、無表情にただ腰かけているだけの彼女に怒りが湧くのだ。
 美貌一つですべてを思い通りにできるものかと、劣等感と対抗心から嘲笑いたくなってくる。
 意地悪い気持ちから、わざと近くで嫌味を聞かせれば、『氷姫』も顔色を変えるのではないかと期待するが……
 ――彼女たちの思惑に反し、フィオーナの表情は少しも動かなかった。
 表情どころか、うつむく角度も緩く組んだ手も、なにを言われても微動だにしない。
 時折思い出したように瞬きする以外なんの反応も示さないので、本当に氷でできているのではないかと疑いたくなるほどである。

作品詳細

関連記事

  1. 【5話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

  2. 【35話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

  3. 【26話】犬猿同期ふたりの恋愛攻防戦!?

  4. 【29話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  5. 【22話】堅物夫(仮)を恋に落とす方法

  6. 【28話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  7. 【26話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  8. 【5話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  9. 【33話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

Bookstore

dブックロゴ

bookliveロゴ

PAGE TOP
テキストのコピーはできません。