【試し読み】氷の完璧令嬢×炎のヤンデレ騎士~王国〝最強〟夫婦誕生かと思ったら、執愛ライフに突入します!?~

作家:冬島六花
イラスト:鈴ノ助
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2022/6/14
販売価格:500円
あらすじ

「極上の快楽を、ともに学ぼう」──頭脳明晰、成績優秀、王立学術院で生徒会長を務める公爵令嬢エステル。完璧さゆえ〝無慈悲な氷の令嬢〟と噂される彼女は、第一王子の婚約者筆頭候補とみられていた。しかし剣術大会で王子を破り優勝、当然のように王子との婚約話は消え、代わりに結婚を命じられたのは〝炎の騎士〟と呼ばれる勇猛果敢なレナウド! 戸惑いつつ二人の生活が始まれば、「君は感じているだけでいい」じっくり愛され媚薬を塗り込まれ、エステルは身体の芯まで疼き昂らせる日々で──。愛の重たい騎士様と美しく気高き優等生令嬢、『王国〝最強〟夫婦』の新婚生活は、意外に蕩けるほど極甘で刺激的!?

登場人物
エステル
容姿端麗で頭脳明晰、完全無欠な公爵令嬢。王子の婚約者筆頭候補だったが…
レナウド
第一王子の護衛騎士。精悍な顔立ちをした美丈夫で〝炎の騎士〟と呼ばれる。
試し読み

■第一章 悪役令嬢、うっかり王子を打ち破る!

「……僕の、完敗です」
 青年が、一人の美女の前にひざまずき、こうべを垂れている──白地に赤と金の装飾が施された派手な戦闘服は、今日のためにあつらえられたものだ。
 後ろで束ねた茶色の柔らかい髪と無精髭は、こうした正式な場でも自分の個性を押し通せる身分であることを示している。
 傍らには、競技用の細長い剣──先ほど美女が跳ね飛ばしたものだ。
「なんてこと……!」
 青年を剣術でねじ伏せた美女は、公爵家の長女エステル・ブロンデル。女性用の戦闘服に身を包んだ彼女は、銀色に光る剣を片手に呆然と立ち尽くす。腰まで伸びた銀髪は先端が美しくカールし、長い睫毛に彩られたアイスブルーの瞳は、遠い氷河の海を思わせる涼やかさ。透き通るような白い肌に、頬と唇はほんのり桃色だ。身長は女性にしてはかなり高く、体つきはほっそりとしているが、ほどほどに筋肉もある。
(シャルル殿下に花を持たせるための剣術大会で、私が優勝したらまずいじゃないの!)
 そう、競技場の真ん中で項垂うなだれる彼は──この国の第一王子で、エステルとの婚約が噂されているシャルル!
 エステルは息を呑んだ。会場は静まりかえっている。まさか生徒会長のエステルが、第一王子に剣術で勝つとは予想していなかったからだ。

 ルミエール王国の王都にある、王立第一学術院──。国内に五つ存在する王立学術院のうちの一つで、立地の良さから、生徒は王侯貴族の子弟が多い。
 十三歳から十八歳までの六年間を、生徒たちはこの全寮制学校で過ごす。魔道士を目指す者は魔法科、医療を志す者は医療科、文官を目指すものは総合科──と、様々な進路に応じて学ぶことができる。
 教育費はすべて、王の私財と貴族たちの寄付金によってまかなわれている。貴族たちは寄付金を納めれば子女たちに王都で一流の教育を受けさせることができるのだ。お金と時間とを引き換えに、生徒たちは一生涯続く大切な人脈を築くことができる。
 近隣諸国では、特に女子教育においては学校へは通わせず、家庭教師を雇うことも多い時代である。だがこの学校では、女子にも平等に教育を受けさせることができた。さらに、門戸は貴族階級だけでなく、一般庶民や国外にも開かれている。庶民や国外の子どもでも、入学試験に合格すれば問題なく貴族と肩を並べて学ぶことができた。
 そしてその王立第一学術院の中でも際だっているのが、特別科だ。その名の通り、特別科には特別に優秀な生徒や、特別に身分が高く特殊な警護を必要とする生徒たちが在籍している。
 その最たる例が、この国の第一王子・シャルルである。
 そして王子と対をなす至高の存在が──特別科の主席にして生徒会長を務めるエステル。彼女は王都の中でも特別に優秀で、五大公爵家の子女という身分を持ち、そして何より美しかった。
「王子を打ち負かしたぞ……さすが〝無慈悲な氷の令嬢〟だ」
「エステル様……通り名に恥じない〝悪役令嬢〟ぶりね」
 観客席の生徒の言葉が、エステルの耳に届く。
(ああ、また一つ、喜ばしくない伝説ができてしまったわ)
 涙が零れないように、エステルは顔を上げる。
 いつしかエステルは周囲からこう呼ばれるようになった──〝無慈悲な氷の令嬢〟と。
 無慈悲な氷の令嬢──それはルミエール王国に伝わる童話の、美しい容姿と高い身分を持ちながら性格は意地悪で、気に入らない人間を次々に凍らせてしまう〝悪役令嬢〟である。
 エステルはこの王国の筆頭公爵家に生まれ、三歳年上の兄と、一歳年下の妹がいる。さらには容姿端麗で優秀だ。世間の人々から、童話の悪役令嬢のように思われても仕方ないかもしれない。
 公爵家令嬢たるもの、弱さを見せるわけにはいかない。
(家の威厳をおとしめることのないよう、気高く振る舞わなければ)
 常に背筋を伸ばし、身のこなしはできるだけ優雅に、そして日々の鍛錬はたゆみなく行い、人々の模範となるべく生きねばならない──。
 両親にはそう言い聞かせられて育ったし、自身もそうありたいと願っていた。
 そんなエステルは、女性には珍しく剣術も得意だ。
 エステルの生家は、ルミエール王国の端、海に面した場所に位置する交通の要所である。
 港があるため商業的には発達し、文化面でも経済面でも恵まれた土地だが、大昔から、他国との小競り合いも絶えない。だからエステルの祖父も父も、剣術や武術を大切に考え、女性であるエステルにもその技を伝えていた。
 エステルを王都の王立第一学術院へ通わせたのも、一流の講師による剣術の講義があるからだ。
(たいていの男は、私にはかなわないわ)
 剣術は選択制の講義だから、女子生徒は少ない。その講義を受けるのは、エステルのように剣術を大切に考えている貴族の娘や、騎士の娘たちだ。
 その中にあってもエステルは懸命に努力し、男子生徒にも勝るほどの成績を収めた。
 エステルに勝てる者はほとんどいない──知る限り、それは一人だけ。しかし彼は生徒ではなく、王子の護衛騎士である。
(だからこそ──私はもう少し、シャルル殿下に手加減するべきだった)
 なによりエステルは第一王子シャルルの婚約者候補筆頭であった。
 まだ両家の正式な取り決めはないが、暗黙の了解がある。
 だから周囲の者たちも、エステルをシャルルの婚約者として扱ってきたのだ。
(でも、私は手加減をするなんて失礼だと思ったの)
 剣術大会の参加者たちは、明らかに王子に遠慮し、実力者でも手加減していた。
 今回の剣術大会は、いわばシャルルに花を持たせるための〝接待試合〟だったのである。
 しかし、それは王族を馬鹿にしている。
 勝負の場では、常に真剣に向かい合わねばならない。
 それに剣術とは、自らの身を守る術である。このような大会で手加減をしていては、本当に賊に襲われたときに無力ではないか──。
 そう考え、エステルは初戦から決勝まで本気で挑んできたのだ。
 その結果──あろうことか──決勝戦で、うっかり王子を打ち破ってしまった!
(……もう、おしまいね)
 エステルはシャルルの尊厳をくじいてしまった。今日の事件は国中の噂となり、おそらく娯楽雑誌でもはやし立てられるだろう──。
 よく晴れた春の空の下、エステルの心には、真っ黒な雲が立ちこめていくのだった。

 完全無欠の優等生・エステルは常に美しい。成績トップの生徒会長たるもの、いつ如何なるときも気高くあらねばならない。
(今日も完璧ね。鏡に映る自分も、ほれぼれするわ)
 本日のエステルは、艶のある銀色の巻き毛にダイヤモンドの髪飾り、お揃いの華やかな耳飾りや首飾りをつけ、幾重ものシフォンがふわりと広がる涼やかな青紫色のドレスを纏っていた。キツく美しい顔立ちが映える鮮やかなメイクを施し、王立学術院の生徒会長としてふさわしく見えるよう、背筋を伸ばして歩いている。
(剣術大会のことは思い出すたびに憂鬱だけれど……特別な日なのだから、考えないようにしましょう)
 新緑を照らす夏の日差しに心を躍らせながら、エステルは寮を出た。
 本日は王立学術院の卒業を記念した舞踏会だ。主催者は学術院の学長を務める王妃だから、王宮の中でも一番大きなホールで開催される。学術院の全生徒の他に、国内外の有力者が来賓として招かれている。
 エステルを含め、高等科の三年生はこの学び舎を巣立つのだ。卒業生は各界で活躍している。エステルも卒業後は、王宮勤めの文官になる予定だ。学術院では福祉について深く学んでおり、子どものための施設や教育制度の充実に尽力したいと考えている。
 学術院の〝卒業〟は、いわば社会への〝旅立ち〟でもあるわけだ。
 卒業生主席・そして生徒会長として、エステルは壇上で挨拶をする。
「王立学術院でともに学んだ日々を、私たちは決して忘れません。ここでの経験を糧に、これからの日々を大切に歩んでまいります」
 きりりと姿勢を正して宣言し、次期生徒会長から花束を受け取る姿に、会場のあちこちから溜め息が漏れた。どんな場面であっても、同じようにエステルは完璧であった。自身がそうありたいと思って努力してきたのだから、当然である。
 エステルの挨拶、そして主催者であり王立学術院院長でもある王妃の挨拶のあとは、生徒たちが楽しみに待つ舞踏会である。参加者は、王立学術院に通う全ての生徒、そして教職員や王族、来賓の貴族などである。
 舞踏会には、長年の伝統が息づいていた。その日、生徒たちは、自分の思い人を披露するのである。将来を誓い合った恋人たちは、手を取り合ってダンスを踊り、周囲に自分たちを認めさせる。卒業記念舞踏会までに相手を見つけることは、学生たちの大きな目標であった。
 また、この舞踏会でダンスを申し込み、愛を告白する学生たちもいた。男子学生には銀の鈴が、女子学生には金の鈴が持たされる。それを交換し合い、ダンスをすればカップル成立──そんなロマンティックな習慣もあった。
 そしてエステルにも、かねてより期待されている相手がいた。
 エステルのお相手と目されているのは──第一王子シャルル。現国王の長男であり、王位継承権順位は第一位である。順当にいけば、いずれは将来の国王だ。今年、王立学術院の高等科を卒業し、今後は公務に専念することが決まっている。
 一方のエステルはこの国の筆頭公爵家の長女である。さらには気高く美しい。やや気難しい性格で損をしているものの、将来の王妃にはふさわしい女性だ。
 だから周囲の者は、きっとシャルルとエステルがダンスをして、将来を誓い合うと考えられた──剣術大会のあの日までは。
(みんなは楽しんでいるようだけれど……私には無理ね。もう、私と結婚してくれる人なんていない)
 エステルは頭を抱え、溜め息を吐く。
 もともと、気の進まない相手ではあった。シャルルは明るく気さくな性格だが、一方で華やかで直感的に行動するタイプである。情に厚く国民からは愛されているが、真面目一徹で優等生肌のエステルとは、まったく気が合わないのである。
 それに──エステルは知っていた。
 エステルの妹・リディが、シャルルに片思いをしていることを。
 今日だって、リディは金の鈴をシャルルに渡したいと目論見、握りしめているのだ。エステルの傍らに立つ彼女を見ていると、いじらしい気持ちになる。
(リディがシャルル殿下と結婚すればいいと思っていたけれど……)
 家同士の婚約だから、必ずしも相手はエステルでなくとも良いはずだと、エステル自身は思ってきた。一歳年下のリディはエステルとは正反対の社交的な性格で、きっとシャルルとも上手くやっていけるだろう。エステルは姉として、せめて妹の告白を成功させるべく、機会をうかがっていた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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