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2020
01.14

【17話】魔性の色男は鋼鉄処女を蕩かせる

毎日無料

作品詳細

「へ、う……?」
 しかし低い声がわたしの間抜けな声をなぞったかと思うと、わたしに覆い被さっていたクリューガー氏の肩が小刻みに震えた。
「へ、…………う、です」
 頑なに丁寧に話そうとしていたわたしの口調が気になったのかと思って言い直してみたが、次の瞬間支えを無くしたクリューガー氏がわたしの上に落下してきた。
「ふぎゃ!!」
 ……考えてみて欲しい。わたしの体格は中肉中背、一般的な成人女性を考えたとき、平均的と胸を張って言えるくらい普通だと自負している。おまけに体力には自信の無いデスクワーク専門。かたやクリューガー氏は曲がりなりにも軍部に所属していた成人男性、しかも平均的な男性よりも頭ひとつほど大きい。そしてキスするときに抱き寄せられた際の実感として感じる胸板の厚さを考えるに着やせするタイプなのではないかと思われる。それが、その体格差が、わたしめがけて落ちてきたのである。正直息が止まった。
「ふは、はははは、ザシャ、君……」
 氏はわたしの上でひとしきり笑った後、身体を反転させてベッドに転がった。漸く解放されたわたしは自分が上半身裸だったことを思い出し、その辺にくしゃくしゃになって放置されていたシャツで身体を隠した。
「ほんとうに、……かわいいなあ」
 頬杖をついてこちらを見るクリューガー氏の目は相変わらず美しかったが……その視線は紛れもなく珍獣を愛でる目であった。

 堪らない。男女の営みに対してこんなに無防備なのにいやらしいキスが欲しいとか、いったいザシャは私をどうするつもりなのだろうか? 私の求めに応じて舌を絡めるのに、その先へ進むことは躊躇いがちなその姿がひどく劣情をそそる。
 私は今まで付き合ってきた女性達に求めていた肉体的な充足感とは違うものをザシャに求めているような気がする。それは庇護欲なのか、それとももっと別の感情なのか。それを確かめなければいけない。いつまでもぬるま湯のようなこの状況を楽しんでいるわけにはいかないだろう……ザシャのためにも。私は用意していたものを手にとって強く握った。

「これ、ここの鍵」
 身繕いを済ませたわたしの前にお茶と共に差し出されたのはクリューガー氏には不似合いな、可愛らしい桃色のリボンがつけられた鍵だった。
 鍵。それは錠前と対でありその部屋に入室を許されたものが持つもの。わたしも自室の鍵と第五の鍵を持っている。しかしこれは。
「ここの、というとクリューガー文官の部屋の鍵、ですか」
 わたしはお茶の入ったカップだけを受け取った。鍵は受け取っていいものなのか疑問だったのだ。クリューガー氏は少し眉を下げて、それでも差し出した手は引っ込めなかった。
「そうだ。持っていて欲しいのだが、駄目か?」
 これはどういう意味だろうか。クリューガー氏は合い鍵を渡すことをどう理解しているのか。防犯上問題があるし、それに一般的には合い鍵を渡すという行為はとても親密な関係を想像させる。そう、恋人や婚約者になら渡すだろう。
 しかしわたしとクリューガー氏はただキスをする仲である。それもわたしから頼んで『してもらっている』のだ。これは親密とは言いがたい。
「……そんなに深く考えなければいけないことか? ただ……第五ではもう、二人きりにはなれないだろう」
 躊躇うわたしの手に、鍵が押し付けられた。それはクリューガー氏の手のひらによってほのかに温かくなっていた。どれだけ握ったんだ、氏よ。
「今度から、ここで会おう。ここならば邪魔は入らない……好きなだけキスが出来る」
 声も漏れないから安心だ、と笑う氏はとても楽しそうで、なんだかいらないとは言い出しにくい雰囲気だった。それでも戸惑いを隠そうともしないわたしに、クリューガー氏は言葉を重ねる。
「ザシャは私とのキスは嫌いか? もうしたくない?」
 嫌いかと聞かれてわたしは弾かれたように顔を上げた。そんなわけはない……! 氏のキスにはこれ以上無いほどハマっている自分がいる!!
「好きです!」
 勢い余って鍵を握りしめると氏ははは、と笑った。
「わたしも、ザシャのことが好きだぞ」
 引き寄せられ頭のてっぺんにキスをされた。それは父親が幼子にするような、飼い主がペットにするようなもので、なんだかむずがゆいのと苦いのが混ざってわたしは唇をへの字に曲げた。氏はまた「変な顔だ、かわいい」と上機嫌に笑った。

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