【4話】一途な次期公爵様は身ごもり令嬢を逃がさない
2.抗えない変化
あの舞踏会から、ひと月と少し。
変わらずに、私は真面目に仕事に励む日々を過ごしていた。
私の配属先は王女宮で、侍女の皆さんのお手伝いや雑務が振られて結構忙しい。
今日は、王女様はお母様である王妃様とお茶会の予定。
私は珍しくご指名を受け、お茶会会場まで王女様のお供として歩いていた。
今日は天気がいいので、王妃様の宮の庭園でのお茶会だ。
王妃様の庭園は綺麗な花に囲まれた美しいもので、招かれることがない限りそうそう入ることは叶わない。
今日はラッキーだななんて思っていたが、庭園で花の香りがしてきた頃、私はその匂いでだんだんと気分が悪くなってきた。
王女様に従い歩く中で、庭園に漂ういろんな匂いに、どんどん気持ちが悪くなってくる。
本日の会場のガゼボにたどり着いた時には、だいぶ顔色まで悪くなっていたと思う。
しかし、気合と根性で表情を取り繕い、王妃様の侍女と共に最後のお茶菓子を並べるのを手伝った。
今日のお茶会は王妃様に王女様、そして昨年ご結婚されたヴィッテン公爵夫人の三人のみ。
少人数のお茶会なのは、公爵夫人が王女様の幼馴染であるから。
今日はごくごく身内でのお茶会というわけである。
王女様と王妃様が席に着いて少し、ヴィッテン公爵夫人が到着した。
公爵夫人は少し緩やかなデイドレスでゆっくりと歩いてくる。
「王妃様、王女様。ごきげんよう。お久しぶりでございます」
挨拶の後、公爵夫人は席に着くと一息つかれた。
「ロザリー、久しぶりね。少し、体調が悪い?」
席に着いた公爵夫人の顔を見て、王女様が尋ねる。
「シャロン様、大丈夫ですわ。病気ではありませんから」
そんな公爵夫人の返事に、王妃様は顔を綻ばせて、嬉しそうに聞いた。
「まぁ、もしかして懐妊かしら?」
王妃様の嬉しそうな声に、公爵夫人も笑みを浮かべて頷いて答えた。
「はい。嬉しいことなのですが、気持ち悪さがまだ抜けなくて。お菓子はあまり頂けそうにありません。申し訳ございません」
そんな公爵夫人の言葉に、私はハッとした。
ここに来た時に感じた気持ち悪さ、未だに続いている不快感。
そして、二週間前に来るはずだった月のものは、未だに気配もない……。
まさか、ね……。
浮かんだ疑惑は一旦頭の片隅に追いやって、私はお茶会の給仕をこなす。
その後、午前の仕事を終えて自室へと戻ると、部屋には先にベランナが戻っていた。
ベランナはまだ幼い第二王女付きの侍女見習いで、第一王女付きの私より仕事終わりが早いことが多い。
「サリー。今日もお疲れ様。って、あなた顔色がひどいわ!」
自室まで根性で戻ってきた私はだいぶしんどくなっていた。
午後の仕事で、お茶会の片付けに厨房に行けば、料理の匂いに気持ち悪さが増した。
王女様の衣類を取りに洗濯室に行けば、洗剤の香りにムカムカとした。
極め付きが、使用人用の食堂で夕飯を取ろうとした時。食事の匂いに加え、人々の汗や香水の匂いで気持ち悪くなってしまい、スープにパンを少しでギブアップ。
食堂という空間にはたくさんの匂いが充満しており、そこにいることが苦痛に感じるようになった。
そうして、お茶会で話されていた内容を思い出し、自身の身に起きた変化を考えてみる。
それは、私にとって認めたくない変化が体に起きていることになる。
「ベランナ、ごめんなさい。ちょっと、先に休むわね」
そんな私の一言に、ベランナは心配そうに聞いてくれる。
「大丈夫なの? 医務官に診てもらった方がいいんじゃないの?」
それだけはまずい。王宮の医務官に診てもらうわけにはいかない。
未婚の侍女見習いが懐妊となったら、一気に職と身持ちの悪さが知れてしまう。
まさか、たった一度の出来事で懐妊してしまうなんて……。
ひっそりと憧れていた人が相手だった。
だからといって、子を望んでいたわけではないけれど。
今日のお茶会で聞いた話と似たような症状を自覚しているので、私にも子ができている可能性が高い。
「大丈夫よ。少し疲れが出ただけだから。休めば治るわ」
ベランナに返事をしつつ、私は次の休みで、こっそり町の診療所に行こうと決めた。
二日後、仕事が休みの私はゆっくりと朝を過ごし、ベランナを送り出した後に城下へと続く門へ向かった。
「やぁ、サリー。珍しいな、出かけるのか?」
私は休みでもめったに出かけない。それでも、月に一度は外に出る。
それは、給金を実家への仕送りとして、手紙と一緒に送る時だ。
ちょうど昨日がその給金を頂いた日。
外に出かけるのに不自然な言い訳をしなくていい、もってこいのタイミングだった。
「いつもの、家への仕送りよ。次の週末が弟の誕生日だし、プレゼントも一緒に送るつもりなの」
嘘もない、そんな話をすれば顔見知りの門番さんは偉いなぁと言って気を付けろよと送り出してくれた。
私は城下で最初に実家への用事を済ませると、町の診療所に向かった。
そこは庶民向けの診療所であり、昔は王宮で医務官をしていたおじいちゃんが診ているという小さな町の医院だ。
しかし、ここまで来て私は足が止まってしまった。
事態をはっきりさせることが、怖くなってしまったのだ。
確かめたい、けれど怖い。
せっかくここまで来たけれど、私は結局診療所には立ち寄らずに王宮へと戻った。