【3話】一途な次期公爵様は身ごもり令嬢を逃がさない
落ち着いた話し方と真面目な雰囲気はお酒が進んでも変わらず、このきらびやかで非日常的な空間の中にあっても好感が持てる。
一緒につまんでいる軽食やお酒を飲むしぐさは洗練されており、きっとかなり高い身分の方だとさらに確信をもって思う。
互いに顔を見せない、こんな舞踏会でなければ会うことも話すこともできない相手だろうことがなんとなくわかって、私は一時の夢とこの出会いを楽しむことにした。
真面目に頑張ってきた私なら今日一日を楽しんだってバチは当たらないはずだと、そう考えてしまったのはお酒の力も多分にあったのだと思う。
楽しむと決めたのは良かったが、普段飲むことがないので酒量を見誤ってしまったのである。
それでも、出会ってすぐのこの男性と一線を越えたのは、短い時間の中でも彼の真面目さと落ち着いた雰囲気に惹かれたから。
甘えることに慣れていない私が、話してすぐに意気投合してしまった少し年上であろう男性との出会いに、勢いのままに進んだ結果だった。
そうして、私はこれまでに飲んだことがない量のお酒を飲み、初めて会った男性と、お酒の力でもって、一夜を共にすることに。
その頃には意識はあやふやになりかけていたけれど、彼の声も手もすべてが優しく。
きっとこんな機会はもう、ないだろう。
そう思って、私はそのままに身を委ねた。
ベッドで向かい合った時に初めて名前を聞かれたけれど、私はキスをして答えをはぐらかした。
初めての最初は少し痛みがあったけれど、彼が最後までずっと優しかったから。出会ってからここに至るまで彼が真面目でしっかりとした人物であることに、言葉やしぐさから気づいていたから。
私はその心地よさにどこまでも身を委ね、抗うことなく彼を受け入れた。
丁寧に愛撫を受けた身体は熱く火照り、繋がった彼の熱い杭を飲み込めば逃がすまいとするように、意識せずとも締め付けてしまう。
そのたびに少し苦しそうにするものの、彼は微笑んで口づけてくれた。
「大丈夫か? 君の中が素晴らしくて……。俺だけ、気持ち良くなりそうだ。それじゃあ、ダメだろう? 君にも気持ち良くなってもらいたい……」
深い口づけや双丘への愛撫と共に彼の腰が速くなり、痛みだけではない感覚に翻弄される。
二人の体温が溶け合って、一つになったような感じがした。
熱く、高ぶる身体をそのままに二人で高みへ駆け上がった後、彼はいつの間にか仮面をはずしていて、その顔をのぞかせていた。
そうして眠る前、彼の顔を見て美しいと思ったのだった。
彼の顔を見ても、私は仮面を外すことはなかった。
酔っていて、薄暗い中でも、仮面を外した彼の顔に私は見覚えがあったからだ。
一夜明け、しっかりと覚醒して隣に眠る彼を見て、私は思った。
「まさか、宰相補佐官様だったなんて……」
昨夜のことはうっすら記憶にある。
眠る前に、綺麗な男性だな、どこかで見かけたなと思っていた。
王宮で誰もが憧れていた宰相補佐官様だと、起きてようやく気づいた。
「これは、大変なことを……。バレないようにしないと……」
そうして私は、下着とドレスを一気に纏うと、その上からローブを羽織り、フードを目深に被って部屋を出た。
ここは迎賓館にある一室のようで、私は見つからないように、こっそりと裏口に回ると王宮の侍女見習いの部屋まで一気に駆け戻った。
それはまだ朝日が昇り切る前の、薄闇の中だったので幸いにも誰にも見つかることなく、自分の部屋に戻ることができたのだった。
夢のような舞踏会でお酒に飲まれ、宰相補佐官にして次期公爵様と一夜を共にしてしまった。
しかし、彼にとってもこれは一夜限りのことだろう。
次期公爵様に婚約者がいないわけがないのだから。
「素敵な人と、一度だけ。うん、忘れましょう!」
昨夜のことは人生で起きた一度きりの奇跡だから。
二度と同じことは起きないであろうし、会うこともないだろうと気持ちをリセットした。
身支度をして、いつもより早いものの仕事へと向かったのだった。