【15話】一途な次期公爵様は身ごもり令嬢を逃がさない
6.逃げること叶わず
町で再会したローウェン様は相変わらずの美貌の持ち主で、周囲からの視線を集めていた。
町中でそのまま話すこともできず、私は職場兼現在の住居であるビーのドレスサロンへとローウェン様を連れていくしかなかった。
身重で産み月に入っている私の身体では走って逃げることはできず、断念したのだ。
そもそも歩くのも一苦労の私が、走ったところで逃げられる訳がない。
そうして、どんな話をされるのかと思えば話は想定外のものだった。
まさか、あの出逢いで私がローウェン様に好かれたなどとは思ってもみなかったのである。
しかし、真剣に話すローウェン様が嘘を吐いているとは思えず、かといってその言葉を信じて結婚できるとも思えなかった。どうやら母が縁を切ったという実家が古くからの名門伯爵家だったということらしい。
私が公爵家に嫁ぐには、何の申し分もないのだと言い切るローウェン様に驚きを隠せぬままに、話の途中で私は産気づいてしまった。
もういつ生まれても大丈夫と言われていたが、このタイミングでの陣痛は我が子が父親に感づいたとしか思えなかった。
不思議なものだが、きっとわかったんだろうなと漠然と感じたのだ。
苦しみ出した私に始めこそ慌てたローウェン様だったが、陣痛だと言うと私を抱え上げて店まで戻る。説明するとリーシャさんが先導してあっという間に診療所まで運んでくれた。
文官だというのに結構体も鍛えているらしい。ここまで運んでも息の切れていない様子に、陣痛の痛みの合間でそんな感想が浮かんでいたが、余裕があったのもここまでだった。
診療所に着いて個室に入った後は、今まで以上の痛みの波に襲われて、耐えるたびに悲鳴のような呼吸しか上げられず、メイばあさんに叱られながら、波間で呼吸を整えては叫ぶを繰り返す。
どれだけ時間が経ったのかもわからないまま、痛い時間が永遠に続くのかと思った頃、メイばあさんに声をかけられた。
「頑張ったね。さぁ、こっからは私の掛け声で息むんだよ。はい、うーんって!」
「んーー!」
声を出さないように口を思いっきりつぐんで、精一杯お腹に力を入れる。
「そうそう、上手いじゃないか。その調子。少し休んで。さあ、また来たよ!」
そうした掛け声を繰り返すこと、十回くらいだろうか。もっとだったかもしれない。
「もう、息まなくていいよ。短くはぁはぁって呼吸してな」
その声の後に、つるんと何かが出てくる感覚がして、その後大きな泣き声が聞こえてきた。
「んぎゃぁ! いぎゃぁ!」
出てきたのは真っ赤な顔をした小さな赤ちゃん。
「初産でこの速さは、安産だったねぇ。いま、綺麗にしてくるから」
そう声をかけて、近くでメイばあさんが赤ちゃんを綺麗にしている様子を眺めていると、ドアの向こうから声がしてきた。
「産まれた! 産まれたわ!」
「元気そうで良かった」
「あぁ、産まれたんだな」
「さぁ、どっちだったのかしらね。楽しみだわ」
声はシシリーさんにリーシャさん、ローウェン様にビーさんだ。
みんなここで待っていてくれたらしい。
「サリー。ほら、可愛らしい女の子だよ」
綺麗な布にくるまれてやってきたのは、ローウェン様譲りの黒髪の子だった。
まだ目は開いていないが、どっちの色でもきっと美人さんに違いない。
「可愛い。無事に生まれてくれて、ありがとう」
布にくるまれた娘を初めて抱くと、小さいながらも温かい。お腹の中で元気いっぱいだった子とやっとご対面である。
「さて、待ってる連中を入れてやるよ」
そんな声掛けの後、メイばあさんは廊下でまだかまだかと待っていたみんなを部屋に入れてくれた。
「サリーちゃん、お疲れ様。わぁ、小さくて可愛いね!」
まず部屋に入ってきてシシリーさんが言う。
「まぁ、見事にふさふさの髪だこと」
髪を見ての感想はビーさんだ。
「そして、間違いなくここにいる人の子だわね」
娘の髪の色を見て、リーシャさんはローウェン様を見つつ言った。
「サリー。この子は俺の子だね。女の子だろうか?」
ローウェン様の発言で、子どもの性別はどっちだろうかと気づいた三人とローウェン様は私の返事待ちだ。
「ローウェン様、正解です。可愛い、女の子ですよ」
そんな私たちのやり取りをメイばあさんも見守ってくれている。
むずむずと動いた後、みんなが覗いているこの場で、産まれたばかりの娘は目を見開いた。
その瞳の色は私に似たエメラルドグリーンで、そこは私なんだなと自分に似たところも見つけて少し嬉しくなった。
「あ! 目の色はサリーちゃんだ! これは美人さん間違いなしね!」
シシリーさんの発言にみんな楽しそうに笑う。
「ちょっと気が早いんじゃないかな? 可愛いとは思うけど、美人かはこれからですよ」
なんて私が返せば、とうとうローウェン様は瞳にうっすらと涙を浮かべている。
そして私とその腕の中にいる娘に向けて言ったのだ。
「見つけるまで時間がかかってすまなかった。どうか、結婚して俺とサリーとこの子で家族になってほしい。サリー、愛している。結婚しよう」
涙ながらに言うその姿に、私は産まれた娘はこの人の子でもあるんだとやっと思い至る。
ここにくるまで、私は一人きりで、この子は私の子だという感覚だった。
でも、ここにいる娘はどう頑張っても私一人で授かったものではない。
ローウェン様がいて、出会ったからこその子なのだ。
自分には父も母も元気な弟もいた。
私がこのまま逃げ出せば、私と娘の二人きりもあり得る。
それがこの子にとっての幸せかはわからない。ならば、ローウェン様と一緒になるということも考えなければいけないのかもしれない。
疲れた体で考えつつ、私はみんなの声を聴きながらウトウトしはじめたのだった。