【1話】一途な次期公爵様は身ごもり令嬢を逃がさない
1.プロローグ
今日も天候に恵まれているアルビレント王国の王宮で、私は相変わらず真面目に働いていた。
王宮で働く侍女見習いは、その多くが良家の子女。
仕事のほとんどをメイドや見習いの下働きに任せて、人脈作りや簡単な仕事で日々を送る者が多い。
結婚前の行儀見習いで王宮へと来ている子女たちなので、家では蝶よ花よと育てられた子が大半を占めている。
はっきりと言えば、真面目に仕事するような子は侍女見習いの中では少数派である。
そんな中で真面目に働く私は、小さな領地を治めている貧乏子爵家の長女。
そう、はっきり言って私は結婚なんて興味はない。
出仕の給金の半分が家族への仕送りであり、この王宮では少数派の真面目に働く見習い侍女だった。
そんな私には、真面目に働く少数派の友人ベランナがいる。
彼女の家は大商家で、近年男爵位を貰った新興貴族。貧乏子爵家の我が家とは違う環境の家の娘だったので、最初はどうだろうと思っていた。
しかし、少しずつ話してみれば、彼女の価値観は庶民派だった。
私たちはあてがわれた部屋も同室になり、すっかり仲良くなっていた。
そうして日々を過ごしてきたが、彼女の結婚も決まり、嫁ぐまで残り二か月ほどとなった頃。
いつも以上に機嫌よく、楽しそうに笑顔を浮かべたベランナが私に言ったのだった。
「ねぇ、サリー。今度の週末に王宮側の迎賓館で舞踏会があるのよ。私の結婚前の最後のお楽しみに、一緒に行きましょう?」
ベランナの唐突なお誘いに私は少し目を見開いた後、ふぅと一息吐き出すと返事をする。
「ベランナ。私の現状を知っているでしょう? 私は、舞踏会に着ていくようなドレスは持っていないわよ?」
そんな私の返事はわかりきっていたのか、彼女はニコニコと笑顔を浮かべて言った。
「私のお古であることを気にしなければ、ドレスなんていくらでもあるわ。幸い、背丈も近いんですもの」
そう、私たちは歳も近ければ背格好もよく似ていた。
侍女見習いの深いグリーンのエプロンドレスのお仕着せも、ほぼ同じサイズ。
髪の色と顔立ちは違っても、背格好が同じなら服は着られるということだ。
「どうしても行ってみたいのよ。高位貴族のご子息達が企画するものだから、私もやっと招待状を手に入れたの。でも、一人は心細いから。一緒に行きましょう?」
上目遣いに私を見ながら言うベランナは、明るい金髪に碧い目の顔立ちの整った美人だ。
私は栗色の髪に黄緑色の瞳、少しそばかすの浮いた頬の、どこにでもいるごくごく普通の娘である。
「私では、ベランナのドレスは合わないんじゃないかしら?」
目鼻立ちのはっきりした綺麗なタイプのベランナのドレスは何度か見かけている。
彼女に似合う、綺麗な濃い色のドレスが多いのだ。
平凡で特出するところのない私には、ベランナのドレスでは容姿が残念すぎてしまう。
遠回しになんとか断ろうとしている私に気づいたらしいベランナがニコッと笑う。
そして彼女の衣装箱からサッと取り出されたのは、ふんわりとした淡いグリーンの可愛らしいドレスだった。
見たことのないそのドレスは綺麗で、あしらわれた繊細なレースから高級なことが窺える。
「これならきっとサリーに似合うと思うのよ! 私にはあまり合わなくて、実は試着後から袖を通していないの」
なんという、もったいないことを。
しかし目鼻立ちのはっきりしたベランナには、確かにこの色合いだと髪と瞳が強調されすぎてしまう気がした。
そして、彼女は淡い色よりもはっきりした濃い色の方が好みなのだという。
「このままじゃ、せっかくのドレスももったいないでしょう? 今回のことに付き合ってもらうのと、お別れ前の餞別として受け取ってくれると嬉しいわ」
私に断られないように、夜会に出るための一式を用意されていたら、断るのも難しく。
本来私は社交デビューもしていないのだが、友人の誘いで初めての舞踏会に行くことになったのだった。