【9話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

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第三章 裏切られた悪役令嬢

「……は?」
 突然入った知らせに、私は令嬢らしからぬ声を漏らすしかできない。
 震える手にあるのは、王宮の刻印が入った正式な書類。
 そこには、第一王子シリルさまとシェルヴィー子爵家令嬢クラリッサが、結婚すると書いてあった。
「ちょっと……、待って。……待って」
 目の前が真っ暗になった気がし、私はその場でよろめいた。
「お嬢さま!」
 侍女が慌てて私を支え、椅子に座らせる。
 胸の奥がバクバクと鳴り、冷や汗が吹き出た。喉がカラカラになり、目の奥で星がチカチカ瞬いているような気がした。
 見たくない。
 ──けれど、もう一度書類に目をやると、やはり残酷な現実が書かれてある。
「は……は、ははっ」
 深いショックを受けているはずなのに、唇から漏れたのは乾いた笑い声だった。
「お嬢さま……?」
 侍女が心配そうに私を見やっている。
 気が触れたかと思ったのだろうか?
「……大丈夫。……大丈夫よ」
 けれど、完全無欠な令嬢である私は、人前で泣き叫んだりしない。
 ゆっくり立ち上がり、侍女にいつもの微笑みを向ける。
「シェルヴィー子爵家令嬢クラリッサさまに、お祝いのお手紙を書く準備をして頂戴。贈り物も用意しなければね」
「は……はい」
 まだどこか疑わしそうな目を向けるものの、侍女は『いつもの私』の姿にあからさまに安堵したようだった。
 酷く驚いた彼女の目に、「決して取り乱さないお嬢さまがおかしくなった」という色が見える。私に感情などないと思っているのかしら。
「……あの子、素直で可愛いものね」
 図書室に一人残された私は、温かな紅茶を飲んで気持ちを宥めようとする。
 無理矢理落ち着かせた心は、奇妙に凪いでいる。
 ──のに、ティーカップを持つ手は酷く冷たく、震えていた。
「……ふぅ」
 お気に入りの茶葉のはずなのに、いつもの芳醇な香りが感じられない。
 今、私はどんな顔をしているんだろう?
 そう思って図書室の隅にある姿見を覗くと──、いつも通り完全無欠の侯爵令嬢が立っていた。
 いつもたたえている穏やかな笑み。スッと伸ばした背筋に、堂々と張った胸。
 ──気持ち悪い。
 自分の姿を見て、私はつい直感的にそう思ってしまった。
 とても悲しく、裏切られたと絶望しているのに。怒りすら覚えているのに──。
 今ダンスに誘われれば「喜んで」と笑みそうなほど、私は理想的な令嬢の表情を保っていた。
 完璧なほど整った顔の中には──、『私』を主張する感情が窺えない。
『ライラさまは、立っているだけで高貴なオーラを感じます』
 クラリッサがいつも言ってくれていた。
 最高の淑女であるがために、いつも堂々と振る舞っていた。家の恥にならぬように、そして先の王太后さまの祝福を無下にしてはならないと思っていた。
 その行動は、私の本心すら隠してしまっていたのかしら──?
 いつ、誰に見られても恥ずかしくないようにしてきたのに。
「──私はいつ誰に、弱みと本音を見せるのかしら?」
 鏡の中の自分に尋ねても、完璧な彼女は優美な微笑みをたたえたまま答えない。

 その後、アシュバートン侯爵令嬢として、恥ずかしくない振る舞いをしたと思っている。
 クラリッサにお祝いの手紙を書き、贈り物を贈った。
 一度彼女が訪ねて来た時も、満面の笑顔で祝福した。
 彼女が「ありがとうございます。ライラさまのお陰です」と繰り返す度、私は後に引けなくなる。
 シリル王子を横取りされた。
 そんな子供のような言葉は、アシュバートン侯爵令嬢が口にしてはいけない。
 貧困に喘いでいた彼女の家が救われ、友人の嫁ぎ先が決まったのは、喜ぶべきなのだから。
 王子さまは、まだ私に「好き」とも何とも言っていなかった。
 ダンスを踊れた私が一方的に思い上がり、勝手にのぼせ上がっただけ。
 王子さまは、ただ儀礼的に私とダンスを踊っただけ。
 しかし、クラリッサが嬉しそうに何度も「シリルさま」と名前を口にする度、私の胸は焼けつくような痛みに襲われた。

 彼女が帰路についた後、私はドッと疲れて寝込んでしまった。
 そのままなかなか起き上がれず、次第に私の食は細くなってゆく。
 ミルク粥を何口か食べただけで食事が終わってしまい、後は眠れもしないのにベッドに横になるだけ。
 美しく白い肌を保っていたのに、それはやがて青白い病人の肌になっていった。
 思考がボゥッとし、一つのことを理路整然と考えられない。
 それまで透明だった私の心に、ミルクが加えられてどれだけかき混ぜても透明にならない。考えようとすれば考えるほど意識は白濁していって、以前のような廉潔とした私に戻ることができなかった。
 時間の概念がなくなり、家族や使用人の言葉すら分厚い膜があるのか頭に入らない。
 すべてがぼやけた世界の中、私の心の中でただ一つハッキリしている気持ちがあった。
 ──クラリッサが憎い。
 ──私を振った王子が憎い。
 生まれて初めて、──私は人を憎んだ。
 けれど病気を押して出席した結婚式でも、アシュバートン侯爵令嬢である私は、完璧な笑顔を浮かべていたのだ。
 ──それはもう、呪いに近かったのかもしれない。
 自分の心が訴える「悲しい」という感情のまま、泣くこともできない私。
 家の誇り、淑女としての品。
 そのようなものに押し潰されて、私は『私』というたった一人を救えずにいた。
 笑ってしまう。
 あれだけ偉そうに慈善活動をしたり、クラリッサを応援したのに。
 一番身近な自分自身を、私は救えていなかった──。

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