【4話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

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 目の前で執務に没頭している人は、どう見ても悪魔に見えない。
 だって、バーナードさんのように角も羽も尻尾も見えない。
 少し下げた頭は、つやつやとした濡れ羽色。清潔な長さに整えられたそれは、何度かグシャグシャかき回されたのか少し乱れていた。
 軍服を纏った体は、服の上からでも胸板の厚みが窺えるほど鍛えられている。──けれど、全体的にスラリとした印象だ。
「座っててくれ。女を立たせておくのは、趣味じゃない」
 また彼が口を開き、私を見ないまま羽根ペンで左側を示す。
「あ……、はい」
 そちらに座り心地の良さそうな革張りのソファを見つけ、私は静かに移動する。
 ソファの前にあるテーブルには、ティーセットが置いてあった。
「ポットに熱い湯が入ってるから、もし嫌じゃなかったら自分で淹れて飲んでてくれ。焼き菓子とかも自由に」
「……お、お気遣いありがとうございます」
 言葉の通り、テーブルの上には銀色のクローシュドームがある。ちょっと失礼してそれを持ち上げてみると、下には綺麗なクッキーやマドレーヌなどが並んでいた。
 白磁に青い顔料で絵付けがされたティーポットも、触れてみたらお湯が入れられたばかりのように熱い。これも……魔法の力なのかしら?
「いた……だきます」
「どうぞ」
 屋敷──人間界のアシュバートン侯爵領の屋敷にいた時は、いつも侍女が身の回りのことをしてくれた。
 でも私だって、紅茶ぐらい一人で注げない訳じゃない。
 ティーポットに茶葉を入れ、お湯の入ったポットを傾けると茶葉が踊る。少し待つとみるみる茶葉が開き、お湯が琥珀色になってゆく。
「……いい香り」
「そう、そいつは良かった。もう少し待ってて。悪いな」
「いえ……」
 毒気が抜かれた状態で、私は紅茶を楽しみつつ魔王の執務が終わるのを待つ。
 こんな予想外の状況でなかったら、お茶やお茶菓子を勧められても絶対に口にしなかっただろう。
 神話でも冥府の物を口にしたら、二度と地上に戻れないとある。
 この状況下でそれを失念していたとしても、生贄にされた先でほいほいお茶を飲むほど私は愚かではない。
 けれどバーナードさんの態度も、魔王であるはずの彼の態度も、とっても平和だ。
 だから飲み物やお菓子に、毒や変な物が入っていると思わなかったのだろう。
 後になって考えても、この時から私は彼──魔王の持つ変な雰囲気に影響されていたのかもしれない。
 これまで心を荒れさせていた私は、久しぶりの心地いい静寂を味わう。
 誰かがそこにいる空間。私に期待をせず疎ましくも思わず、同じ空間にいてもいいと許可してくれる雰囲気。
 その緩やかな空気に身を委ね、私は室内を眺めて彼の仕事が終わるのを待つ。
 自由に物が動き回る空間は見ていて飽きないので、いい時間つぶしにもなった。

「あーっ!」
 突然大きな声がし、私はビクッとして意識を現実に引き戻した。
 机を見ると彼が唸りながら伸びをし、執務椅子の背もたれに寄りかかっていた。更に両手を組んでひっくり返し、念入りにまた伸びる。
「お……、お疲れ様……です」
「あー……。お前がライラ、……か。待たせて悪いな」
 そこでやっと彼──魔王は、私を見た。
 魔王ルーファスの目は血色のような赤で、人ならざる色に思わずドキッとする。
 ルーファスという名前も、そもそも昔の言葉で『赤』を示すものだったと思う。
 黒縁眼鏡を外し、彼はまじまじと私を見る。
 う……っ、初めてまともに正面から顔を見たけれど……。物凄い美形だわ。
 キリッとした眉に、同色の長い睫毛がルビーのような目を縁取っている。スッと通った鼻筋は高く、肌は男性なのに白磁のように滑らかだ。唇は少し薄くて、潔癖そう。
「ふぅん……、実際見た方がいい女だな」
「えっ!?」
 魔王の言葉に、私は混乱する。
 生贄としてここに来たのに、魔王からの第一声がそれとは思わなかった。
 加えて美形の魔王から「いい女」と言われて意識してしまったのもあるし、「実際見た方が」というのは、どこかで私を見ていたことになる。
「なぁ」
 椅子をクルリと回転させ、彼は長い脚を組んで椅子の肘掛けに頬杖をつく。
 そして──、にんまりと笑って言った。
「俺とやらないか?」
「はぁ!?」
 淑女らしくもなく、「やらないか」だけで変な勘ぐりをしてしまった私は、お下品な声を上げてしまった。

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