【1話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

作品詳細

序章 魔王の生贄になった悪役令嬢

 世界が終わるのだわ。
 燃えるような夕焼けを前に、私は心の中で呟く。
 事実、私の心は終末を迎え、重く暗い絶望に支配されていた。
 もう何も縋るものはなく、あるのは鬱々とした憎しみと悲しみのみ──。
 夢も希望も持てず、涙も涸れ果てた。
 目の前には、黒い炎のようなものでできた輪。人がくぐれる程の大きさのそれは、魔王が住む異界へと通じている。
 左右にはズラリと王国の騎士が並んでいて、黄昏に白銀の鎧を反射させていた。
 剣礼──と言うのだろうか。
 剣を高く掲げ、その切っ先はトンネルを作るが如く交差されている。
 一歩ずつ、私はその剣のアーチの中を歩んでゆく。
 石畳の上に落ちた私の影は、この世への執着が具現化したかのように、長く長く伸びていた。
 ひとつ足を運ぶごとに、私の『終わり』が近づいてくる。
 絶望を享受したはずの私の心は、どこかまだ生にしがみつこうとしていた。足は一歩ずつ前に進んでいるのに、心の奥底では「行きたくない」と号泣している。
 何日も泣き続けた私の目の下にはクマがある。血の気を失った頬は少しこけ、唇だけが赤く塗られているのがどこか滑稽だ。
 最後に泣き喚いて抵抗したくても、その体力と気力がもうなかった。
 ただ傷ついた心から、血の涙がタラタラと流れ続ける。
「……許さない」
 私がこうなったのは、誰のせいでもない。
 ただのお告げ。──それも、魔王からの。
 私は魔王の花嫁──生贄として選ばれたのだ。
 家族は当たり前に嘆き悲しみ、私と交流のあった社交界のレディや紳士たちも、気の毒がってくれた。
 中でも体内の水分がなくなるのでは、と思うほど泣いてくれたのは、親友のクラリッサ。
 ──けれど私は、彼女──クラリッサを許すことができなかった。
「信じていたのに」
 私は……。私が、幸せになるはずだった。
 だというのに彼女は──。
「救国の聖女、ライラ・アシュバートンに──捧げ剣!」
 遠くから騎士団長の声が響き、ガシャッと硬質な音がすると共に、頭上で交差されていた剣が真っ直ぐ上を向いた。
 私は、もう異界への入り口を前にしている。
 鏡かと思うほど厚みのない入り口は、絶えず揺らめいて形を変えていた。
 その中に飛び込めば、ヒトが知らない悪魔や魔王がいる世界へ行ってしまう。
 魔王から指定されたというこの場所は、王都から少し離れた聖堂の敷地内にあった。
 近郊の敬虔な信者が日曜に集まりミサをし、広い敷地の中には修道院もあって修道僧が生活している。
 私を遠巻きに見ている彼らは、ただ一心に祈ってくれていた。
 貴族の娘が魔王の生贄に選ばれただなんて、この上ない不幸でゴシップの種だ。
 私は今やこの国中の人間から哀れまれていた。
 あの炎の輪をくぐれば、私はもうこの世の者ではなくなってしまう。
 ──恐ろしい。
 きっと、あっという間に知性のない悪魔が群がり、食い散らかされてしまうに違いない。
 私はこんなことのために、誇り高いアシュバートン家の娘として生まれたんじゃないのに──。
「アシュバートン侯爵令嬢、我らのためにありがとうございます」
 異界の入り口そばに立っているのは、大司祭さま。
 白い法衣を着た彼は、青い目に痛ましそうな感情を込めて私を見ている。
 そして──彼は私の背後に回った。
「最後にあなたへ神の祝福を」
 白いドレスの背中に、大司祭さまが聖印を指で描く。
 ──待って。行きたくない。
 まだ、生きていたい。
 唇が戦慄わななき、ドレスが風に翻る。
 この日のために用意されたドレスも、魔王の花嫁を意味しているのか純白の物だった。
 ずっと憧れていた純白のドレスを着るのが、こんな日だなんて……。
 風が吹き、私が『薔薇の令嬢』と呼ばれる由縁である、薔薇色の巻き毛が顔にかかる。私のエメラルドグリーンの目は、命乞いを求めた光を灯していたのだろうか──。
「……お許しください」
 乾いた唇から漏れた弱々しい声は、いつもの私のものではない。
 縋るように振り向いた私に、大司祭さまは「命乞いをしてはいけない」と首を左右に振った。
 そして──。
「あっ……」
 ドンッと背中が押され、二、三よろめいた後、私は黒い炎の輪に飛び込んでしまった。
 押したわね!
 自分のタイミングで飛び込もうと思っていたのに!

作品詳細

関連記事

  1. 【15話】堅物夫(仮)を恋に落とす方法

  2. 【51話】恋甘キッチン~溺愛社長の一途な独占欲~

  3. 【53話】恋甘キッチン~溺愛社長の一途な独占欲~

  4. 【1話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  5. 【3話】堅物夫(仮)を恋に落とす方法

  6. 【2話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

  7. 【2話】恋甘キッチン~溺愛社長の一途な独占欲~

  8. 【16話】堅物夫(仮)を恋に落とす方法

  9. 【50話】恋甘キッチン~溺愛社長の一途な独占欲~

Bookstore

dブックロゴ

bookliveロゴ

PAGE TOP
テキストのコピーはできません。