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【5話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

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 消極的な同意を示しながら、私はひっそりと涙を堪えた。軽食……軽食が……! せめて一皿だけでも口にしたかった……!
「すまないね」
「いえ、構いませんわ。いらっしゃるのは高位の方々ばかりで、私も何か粗相をしてしまうのではないかと緊張していましたもの」
 嘘です! せめてあの一口サイズのクレープみたいな可愛いデザートを食べたかった! だって、これを逃したら絶対食べられない美味しそうなやつだもの!
 しかし、婚約者の前で被った私の猫はそんな我儘を許すはずもなく、私はハンネス様に連れられて泣く泣く会場を後にしたのだった。

◆―――――――◆―――――――◆

「お久しゅうございます、コルネリウス殿下」
 あたくしは叩き込まれた美しい姿勢で彼を迎えた。月に一度、婚約者同士で親交を深めるための定期的な茶会だ。あたくしは、先日、あたくしを足がかりにして殿下に近付こうとする不届きな令嬢を見事に排除することができたので、すごく気分が良かった。婚約者であるあたくしを差し置いて、殿下に声を掛けるなんて、本当に生意気な女でしたわ。
「あぁ、先日の夜会以来だね。久しぶり、というほどでもないと思うが」
「あら、婚約者のお顔を見られない日が一日でもありましたら、久しく想ってしまうのが女心というものですわ」
 殿下が席についたのを確認してから、あたくしも腰を下ろす。殿下の後ろに控えた護衛の騎士はいつもの顔ね。デニス・ブラント様とおっしゃったかしら。余程信頼しているのね。でも、いつも無愛想なのはいかがなものかと思うわ。もう少しにこやかにできないものなのかしら。
「あぁ、先月はどこまで話したかな」
「北方三国の政治体系についてですわね。今日は産業について教えてくださると聞いて楽しみにしておりましたのよ。何しろ、北方のタペストリーはその色彩の豊かさや織り成す題材が神秘的ということで良い評価しか耳にしたことがございませんから」
 殿下との茶会は、こうして近隣諸国のお話を聞くことが多いのだけれど、これって普通なのかしら? 婚約者同士なのだから、もっと甘い囁きとかを期待していたのだけど、もしかして遠回しにあたくしの教養が足りないと言われているのかしら。……まさか、考え過ぎよね。流行り物についてはばっちり押さえているし、何だったら今ご年配のご婦人方の間で囁かれている若返りの化粧品の話だって細かく説明できますのに。
 あたくしは、殿下が口にする近隣諸国の話に相槌を打ち、ときに質問を交えながら、まるで授業のような茶会を終えた。コルネリウス殿下は年を追うごとにその美貌を一層輝かせて、まるで灯火に群がる蛾のように、殿下の隣に侍ろうとする令嬢は排除しても排除しても湧いてくる。鼠のように駆除薬でもあればいいのに。
「あら、いけない、あたくしったら」
 自宅に戻る馬車の中で、あたくしは独りごちた。
「――あの護衛騎士、デニス様の表情改善について、殿下に申し上げるのをすっかり忘れてしまっていましたわ」
 次の茶会では、しっかり言い含めないといけないわね。あぁ、殿下の前で叱責するのは良くないのかしら。それならば、誰かを経由して注意してもらうのが良いかもしれないわね。うまく機会があれば、直接苦情を言うのだけれど……。

◆―――――――◆―――――――◆

「――――いや、ないわ」
 がばりと跳ね起きた私は、思わず前世の自分にツッコミを入れる。あまりな言動の連続に冷や汗だらけで手はじっとりとしていた。
 護衛の騎士がニコニコしてたら、逆に護衛の意味がないでしょ? ああいうのは、睨みをきかせてナンボなんだから。それはダメ。仕事優先なので、あれが正解。
「あああぁぁぁ、この後、本当に叱責とか忠告とかしちゃってるの? お願いだからそれは夢に見ませんように……」
 両手を組んで神様に祈る。万が一そんな夢を見たら、多分羞恥で死ねる。本当にやめて欲しい。これまでに婚約者である王太子殿下にすり寄る(と思い込んでいる)令嬢に対して、あれやこれやの嫌がらせをする様子も夢で見てしまったけれど、それと同じくらい恥ずかしい思いをするに違いない。
 寝台から降りて、鏡台の前に座る。前世の『あたくし』は灰銀の髪をこれでもかと手入れをして艶めかせ、胡桃くるみ色の瞳をキラキラと飾り立てた睫で覆うようにしていた。けれど、鏡に映った『私』は、どこにでもあるココアブラウンの髪は寝癖で乱れ、母譲りのスミレ色の瞳はまだ眠そうにボヤけている。うん、ちゃんと別人。例の夢を見る度に、こうして鏡に向かったり髪の色を確認したりするのが、すっかり習慣になってしまった。そして、何度目かの決心をする。私は絶対にああならない、と。

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