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【最終話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

作品詳細

「あぁ、やはり本物に勝る輝きはないな。アメジストなどでは模倣にもならん」
 私の頬に手を添えたクリストフ様の囁きに、ようやくアメジストの意味に気がついた私の顔が赤く染まる。
(私の瞳の色に合わせてくれたんだわ……)
「あまりそう煽るな。今日は儀式続きで夜が遠いというのに」
「クリストフ様が、こういう顔をさせるのが悪いんです」
「なるほど、悪いのは余か」
 私の目元に唇を寄せて、涙を舐め取られる。女官から「きゃぁ」だの「情熱的」だのと小さな声が聞こえた。これは、冷血皇帝の渾名返上だろうか。いや、ここにいる女官はそもそもクリストフ様が信頼している人たちだから、そう上手くもいかないか。
「外で待っている。化粧を崩してしまうことになってすまぬな」
 女官たちへの謝罪を口にして、クリストフ様は部屋を出て行った。手際よく化粧し直してくれる女官たちを見ながら、私はどうやったらこの顔の火照りが取れるだろうかと真剣に考えていた。
 何とか自分を落ち着かせた私が部屋を出ると、クリストフ様が満面の笑みで手を差し出してきた。
「さぁ、行くぞ、余の花嫁よ」
 そんな彼の姿を目にした瞬間、前世の記憶がフラッシュバックする。
『騎士を辞した自分では、貴女に苦労をかけてしまうだろう。でも、どうかこの手を取ってくれないだろうか』
 実の父に殺されるのを待つだけのソーニャに、手を差し伸べてくれたデニス様の姿が、髪の色も瞳の色も全く違うのに、何故だか今のクリストフ様と重なって見えた。デニス様は地位も名誉も約束された将来も捨ててくれたのに、ソーニャときたら『断ったところで貴方は聞かないでしょう。それなら付き合って差し上げます』なんて、天邪鬼な返答と共に彼の手を取ったんだった。本当は、家族にも見捨てられた自分を唯一助けようとしてくれるデニス様のことを、本当に嬉しく思っていたのに。
「カティア?」
 今度は間違えない。貴方が私に愛されていなかったなんて誤解をさせてなるものか。
 過去を悔やんで滲む涙がこぼれないように注意しながら、私はクリストフ様の手を取った。
「どうした? 余は何か不用意なことを言ってしまっただろうか」
 隠しきれなかった潤む瞳を、めざとく見つけてしまうクリストフ様に、私は小さく首を横に振った。
「いいえ、こうしてまた、貴方の手を取ることができて、嬉しさに感極まってしまっただけです」
「あまり余を喜ばせるな。儀式など投げ出して、そなたを抱きたくなる」
「側近の方々に怒られますよ。異例の早さで婚儀まで漕ぎ着けていただいたのに」
「うむ……」
 ナヴィル様やニノ様といった面々の顔を思い浮かべたのだろう。クリストフ様が少しばかりバツの悪そうな表情になった。
「それに、私も今日を心待ちにしていたんです。今度は自分の意思で貴方の隣に立てるよう頑張ってきたんですから」
「だから、あまり余を喜ばせすぎるなと……」
 クリストフ様の首のあたりが赤く染まっていることに気付いて、私の胸がほんのり温かくなる。大丈夫。私の想いはちゃんと伝わっている。
「さぁ、行きましょう。みなさんがきっと待っていますから」
 そう、もう貴方の傍で立って支えると決めたんだから。権力は確かに大きすぎて恐ろしく感じてしまうこともあるけれど、もう尻込みしない。前世からずっと、私を愛してくれたクリストフ様のためにも。

――――粛々と執り行われた皇帝と隣国の王女との結婚式には、帝国の主立った貴族と周辺国の王族たちが呼ばれ、冷血皇帝と渾名される美貌の君主と、王族というには地味な顔立ちの花嫁の取り合わせに、内心首を傾げる者もいたという。だが、あれだけ険しかった皇帝の顔が和らいでいることだけは確かで、それが花嫁の功績だと気付いた一部の貴族は愛妾を送り込むことを諦めたようだった。
 帝都でのお披露目のパレードには、腐った貴族を一掃した皇帝の慶事を祝福しようと多くの民が沿道で祝福の声を上げた。彼らの目には頼もしい皇帝と初々しい花嫁として映り、今後も帝国は安泰だと安堵する者も多かった。
 後世の歴史家には、かの冷血皇帝の粛清はあまりにも冷酷無比であり、特に芸術面においてその発展を著しく停滞させたという否定的な評価をする者もいる。粛清された貴族たちの中には芸術家を庇護していた者が多かったからだろう。だが、かの皇帝の粛清なくば、早晩、帝国が衰退もしくは滅亡していただろうことは疑いようもない事実だと、多くの歴史家が認めている。また、帝妃を迎え入れてからは孤児の対策や医療の充実など政策に力を入れていたため、冷血皇帝の心を温め、人道的な政策に方向転換させたとして帝妃は「雪溶かしの帝妃」「春呼びの妃」と呼称されるようになった。
 この呼称は民の間にも広まり、他人を信じられずに次々と粛清を続ける皇帝の心を隣国より嫁いだ王女が救う話として、劇まで上演されるに至った。そうして民から愛される皇帝と帝妃が、よもや前世からの縁で繋がっていたなどとは、誰も知らないことである。

【完】

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