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【39話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

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 私はじっとお母様を見つめた。次にいつ会えるのかも分からないからこそ、この機会に言っておきたいことがあった。
「ねぇ、お母様」
「なにかしら?」
「私、お母様に感謝してもしたりないわ。夢のことを相談に乗ってもらったり、お兄様たちと一緒に勉強もさせてもらったり。そのおかげで、こうしてクリストフ様の隣に立っていられるの」
「ふふ、強引に連れて行かれたときはどうしようかと思ったけれど、ちゃんとお互いに想い合うことができたのね」
「ありがとう。うぅん、ありがとうっていう言葉だけでは、うまく表せないぐらいに、ありがとう」
「あらあら、そこまで言ってもらえるなんて、母親冥利に尽きるわ。でも、お父様にも同じように感謝してね。貴女に勉強をさせるのを、なんだかんだと黙認してくれたのはあの人ですもの」
「お父様が……?」
(むしろ私にあまり前に出過ぎるのはよくないと口うるさく言っていた気がするのだけど)
 私の考えていることが分かったのか、お母様がころころと笑った。
「貴女が知恵をつけていることを婚約者に知られたら、きっとよくは思われないだろうからと厳しくしていたのよ」
 今更そんなことを言われても、お父様に直接お礼を言いたくても言えないのに。そんな私の思いもお見通しなのだろう。母が「伝えておくわ」と請け負ってくれた。
「あぁ、あと、その婚約者――元婚約舎のハンネス様だけど、宰相閣下直々にご紹介いただいた令嬢と来年には結婚なさるそうよ」
「そうなの」
 あまりに無感動な声が出てしまったせいだろう。お母様が苦笑している。正直なところ、お母様の口から名前が出るまで、その存在をすっかり忘れていたのだから仕方がない。きっとその新しい婚約者の紹介も、唐突な婚約解消の損失補填の一環なんだろうから、ハンネス様も元々政略結婚だった私に接していたときと同じように、それなりに卒なく対応しているんだろう。
「カティア様、陛下がこちらにいらっしゃいます」
「え、もう!?」
 先触れの声を扉越しに掛けてきたのは、護衛の騎士だ。なお、あれだけ仏頂面だったのはクリストフ様の命令だったらしい。前世のデニス様と似た立ち位置の彼に、感情を表に出すな、名も名乗るなという私情まみれの命令をしたと聞いて、呆れながらもちゃんとクリストフ様を叱りつけた。護衛騎士――オットーさんは、本当は普通に朗らかな人なのに。
 予想より早いクリストフ様の来訪に慌てる私だったが、優秀な女官の手によって、私はすっかり準備万端になっていた。ちょっとお母様と話している間に、髪もドレスもしっかりと整ってしまっている。
 クリストフ様が来る前にお母様を帰したほうがいいのか、でももう少し話せるなら話したいし、とおろおろしていると、問答無用でガチャリと扉が開いた。
「あぁ……、とても綺麗だ、余の花嫁」
「クリストフ様こそ」
 白を基調とした礼服に銀糸の刺繍がびっしりと施され、その整った顔をいっそう際立たせている。いつもは無造作に後ろでまとめている金色の髪は、サイドを細かく複雑に編まれ、アメジストのついたピンで留めている。
(ん? クリストフ様って、そんなにアメジストがお好きだったっけ?)
 よくよく見ればカフスや飾りボタンもアメジストで統一されていた。帝国でよくとれる宝石でもないし、帝国の歴史上で何かいわれがあったかと突貫で突っ込んだ知識を思い返しても、やっぱりそれらしきものに思い当たらない。
「愛されているのね、カティア」
 お母様が小さな声で呟くのが聞こえたが、どういうことなのかと聞き返す前にクリストフ様が目の前までやってきた。
「ご母堂には余の我儘で大変な心配をかけたと思う。だが、大切に慈しみ守ると誓おう」
「勿体ないお言葉でございます。そのお姿を間近に拝謁し、娘を愛してくださることは間違いないと確信いたしました。至らぬ所も多い娘ですが、よろしくお願いいたします」
(え? え? 何その会話。どういうこと?)
 困惑しているのがバレたのだろう、隣の私に視線を移したお母様が困ったものを見るような目をした。
「どうしてクリストフ様がアメジストを身につけていらっしゃるのか、ちゃんと考えなさい。――――わたくしは御前を失礼させていただきます。皇帝陛下に今後も紫陽花のごとき良き縁に恵まれますようお祈り申し上げます」
 深々とお辞儀をしたお母様が部屋を出て行ってしまうのを、私は呆然と見送った。
「カティア、今の紫陽花が云々うんぬん、というのは?」
「あ、帝国ではああいった言い回しはしませんでしたね。結婚や出産、成人などお祝い事のときに使う決まり文句なんです。その他にも、商談の席でも使われることがあるとかで。確か紫陽花は、小さな花が寄り集まって咲くので、それを他の方との縁に見立てているという話だったと思います」
「なるほど、国が違えば色々と変わるものだな」
 そう言うとクリストフ様は何かを思いついたようで、目の前に立って私の手を取った。
「太陽と月の神に誓い、そなたを我が命ある限り愛し、支え、共にあることを誓う」
「……!」
 それは、前世での結婚の誓いの言葉だった。婚約破棄されたソーニャが最期まで口にすることが叶わなかった誓い。
「空と海の神に誓い、貴女を私の命続く限り慈しみ、尊重し、共にあることを誓います……っ」
 対となる言葉を口にすると、自然にぽろぽろと涙がこぼれてきてしまった。せっかく化粧を完遂したばかりの女官たちの嘆息が耳に入ったけれど、どうしても止まらない。

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