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【33話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

作品詳細

「ねぇ、縄が食い込んで痛いの。少しでいいから緩めてくださらない?」
「うるさい、黙れ」
 やっぱりダメか、と私はひっそり嘆息した。どうにか懐柔できないかと声を掛けるたびに、こうして威圧的に断ち切られるのだ。取り付く島もないとはこのことだ。ここまでにべもないと、いっそのこと女性嫌いなのではないかと思ってしまう。
「貴方は雇われたんでしょう? いくらで支払われたのかしら? 前払い? それとも成功報酬?」
「うるさい、黙れ」
 私だって、黙れるものなら黙りたい。けれど、ずっとだんまりでいると、余計なことや最悪の想定ばかりしてしまうのだ。
「はっはっはっ、あのビンデル出身の姫君ならば、怯えて震えるのが関の山だと思っておりましたが、なかなかどうして気丈なものですなぁ」
 そう笑いながら部屋に入ってきた男は、上機嫌で私の前までやってきた。燃えるような赤毛と無駄に整えられた顎髭には見覚えがある。
「生憎とこの男は、家族を冷血皇帝に殺されておりましてな。貴女を殺せば皇帝陛下が悲しまれると聞いて、それはそれは喜んでおるのですよ」
 得意げに聞いてもいないことをペラペラと説明してくれる。そんな情報を提供してくれたのなら、私の取るべき行動も自然と決まる。さっきまで感じていた恐怖は、新たに湧き起こった感情に塗り替えられた。
「それは、貴方の家族がクリストフ様に断罪されるようなことをしていたということかしら?」
「うるさい、黙れ」
「この国のことを知らない貴女が軽々しく口にしていいことではありませんぞ」
 確かに私はこの国のことをあまり知らない。知っていたとしても、それは紙の上での情報だ。クリストフ様が腐敗する貴族たちと彼らにおもねる商人たちを矯正する道を諦め、綺麗に地ならしをしなければならないと決断するしかなかった帝国のことを、私は肌で知らない。
「そうですわね。確かにクリストフ様が貴族を大々的に粛清され、この帝城が血にまみれたのだという話しか聞いたことのない私が、あまりくちばしを差し挟むことではありませんでしたね」
 私は、クリストフ様の優しさを知っている。私のことを気遣い、民のことを気遣い、身を粉にして働いているクリストフ様のことを。
「ですが、不思議と粛清された貴族の方々が無実だった、冤罪だった、という話は聞いたことがありませんわ」
「うるさい、黙れ」
 あの優しいクリストフ様に、粛清――誰かを殺す決断をさせたこの国の貴族に、私は確かに怒りを感じているのだ。
「つまり、クリストフ様に殺されたという貴方の家族は、相応の罪があったということでしょう?」
「うるさい、黙れ!」
 男が腰に差していた剣を抜き放ち、私に向ける。その表情は怒りにも、やるせなさにも見えた。
「お、おい、待て。ここで殺すわけには――」
「貴方の家族は、貴方にとってかけがえのない存在だったのかもしれません。けれど、貴方の家族は、他の誰かにとってかけがえのない存在を虐げ、不当に扱っていたのではありませんか?」
「うるさい、黙れぇぇぇっ!」
 振り上げられた剣は、私が背中を預けていた汚い木箱を貫いた。勢いがすさまじかったのか、割れた木箱の破片が後ろで縛られた腕に当たるのが分かる。男の激情がこれほどとは思わなかったのだろう。クルッグ侯爵が腰を抜かして「ななななななにをしているのだぁぁぁっ」と震えて叫んでいる。護衛の一人ぐらい連れてきていないのか。それとも、この男が護衛のつもりだったのか。
(あぁ、なるほど……)
 興奮に呼吸を荒げた男をまじまじと見つめて、私は納得した。クリストフ様が粛清を行い、帝政の正常化を図ったのが五年ほど前のことだ。目の前の男はどう見ても十代中盤から後半。家族が罰される中、うまく逃がされたのか、それとも年端もいかない年齢だからと見逃されたのかは分からない。この男だけが生き残った、ということなのだろう。でも、クリストフ様や側近の方々がそのことを知らないはずがない。気付かないはずがない。つまり、この男が生きているのは、クリストフ様の温情なのだ。それなのに、こうして見当違いの復讐を考えている男に憤りを感じないかと言われれば、答えはもちろん「否」だ。
「ねぇ、貴方。どうしてこんな意味のないことをしていますの?」
「うる、さい」
 さっきまではあれほど感情を押し殺していたのに、今はまるで頑是無い子供のように見える。
「貴方の家族は、貴方に復讐を頼みましたの? 貴方はこれまで一人ぼっちで暮らしていましたの? 誰か頼れる方はいましたの?」
「うるさいうるさいうるさいっ! オレはオレはオレは……っ!」
 再び剣を振り上げられる。あ、まずい、追い込みすぎた、と思った。
「――――そこまでだ」
 その声に、思わず涙が出そうになった。
 目の前の男が瞬く間にたたき伏せられた。予想外の乱入者に動きの止まってしまった男の腕をねじり、床に押しつけるように拘束したのはナヴィル様だ。
「余がいないと思って好き放題してくれたものだな」
「……皇帝陛下……っ」
 クルッグ侯爵の顔色がみるみるうちに青ざめる。

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