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【32話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

作品詳細

「余も同じだ。前世とは異なる環境で育ったがゆえ、前世とは違う余ができあがった。前世のような終わり方だけはするまい、と歯を食いしばって立ち回った結果が、今の余だ」
 歯を食いしばって、と一言で言い表せるものではないだろうに、クリストフ様は、ことさら何でもないことのように振る舞う。
 初夜を迎えた日、私は彼の胸に、腹に、背中に、腕に、いくつもの傷を見つけた。それは既に癒えて、ちょっとした皮膚の引き攣れた痕でしかなかったけれど、それが『冷血皇帝』と呼ばれるに至る痕跡のようで、なんだか泣きたくなった。
「私が、少しでもクリストフ様の心を楽にできたらいいのですけど」
「何を言う」
 即座に否定されてしまった。やっぱり身の程をわきまえるのって大事よね。私なんかが過酷な運命を乗り切ったクリストフ様の――――
「余は十分に癒されているぞ」
「はい?」
 私の声は、随分間抜けなものになった。
「自覚がないのも問題だな。腐敗に満ちた中枢を正し、民に還元せねばという一心で改革に努めてきた。帝政の失策や横領、癒着で何の罪もない民を不幸にさせるわけにはいかないと。だが、理想は遠く、民という遠い立場の者のため、という大義名分を見失うこともある。そこで、カティアだ」
「そこで?」
 どうしよう、「そこで」の意味が分からない。
「カティアは下位貴族の生まれで民にも近い立場だったであろう? 馬車の中でカティアの忌憚のない意見はとても助かった。それに、優しいカティアが不幸になった民を見て心を痛めることのないように、と考えれば、自然とモチベーションは保てる」
「あの、私のことを美化し過ぎではないでしょうか」
「そうか? だが民が重税に喘いだり、心ない貴族に虐げられたりするのは望まないだろう」
「それはもちろんですけど……」
 言葉尻を濁してしまうのには理由がある。ソーニャの父は、着飾ることで王太子殿下の目に止まろうとするソーニャを全面的にバックアップし、結果、足りなくなった金を領地から違法に吸い上げていたのだ。つまり、間接的ながら、ソーニャは民に重税を強いたということになる。あぁ、申し訳なさ過ぎて、穴を掘って埋まってしまいたい。
「……前世の歪められたそなたのことは忘れてしまえ」
「考えていること、分かってしまいました?」
 恥ずかしい。でも、考えてみれば、ソーニャのやらかしをあらかた知られているのだ。今更、隠し立てもできない。
「それでも」
「うん?」
「私は忘れたくない。忘れてはいけないと思うのです。私が権力欲に踊らされ、やってしまったことを、二度と繰り返さないために」
「……そう口にできるそなただからこそ、余は隣で安心できるのだ」
 ぎゅ、と力を込めて抱きしめられる。
「安心できるのは、私も、です」
 クリストフ様の体温を感じ、心がゆっくりとほぐれていくのを感じる。クルッグ侯爵の脅迫に怯えていた心が、ゆるゆると弛緩する。
「大丈夫だ。何もせぬゆえ、このまま寝てしまえ」
「寝るのはクリストフ様も、ですよ。きちんと休息を取らないと、身体に悪いですから」
 温かい体温に誘われるように、私の瞼がだんだん重くなっていく。とくり、とくりと耳から伝わる鼓動は、目の前の人のもの。
(大丈夫。生きている。私もこの人も……)
 その夜、悪夢を見ることはなかった。
――――けれど、この三日後、私はクルッグ侯爵の罠にはまり、攫われてしまうことになるとは、このとき、夢にも思わなかった。

◆―――――――◆―――――――◆

(見事に隙を突いてきた、って感じね)
 まだ重く感じる頭をなんとか支えながら、私は目の前に立つ男を真正面からにらみ返していた。知っている顔ではない。だけど、荒事に慣れきった雰囲気だけは感じ取れた。
 クリストフ様は側近数名とともに国内で問題の起こったとある領地を視察に行ってしまっていて、帝城どころか帝都からも離れてしまっている。そんなタイミングで私はかどわかされたのだ。彼の協力者が城の内部にいるのは明らかだ。
(そもそも、クリストフ様が向かった先の『問題』も作為を感じると言っていたし)
 皇帝の直轄領で代官の裁量ではどうにもできない問題が起きたのだと聞いた。けれど、このタイミングで、となると、誰かの意図が絡んでいるのではないか、とクリストフ様でなくとも推測するだろう。事実、直轄領で起きた問題は、盗賊団の跋扈という人為的に起こせるものだ。だが、皇帝として、直轄領の治安維持に努めなければならないし、盗賊団に荒らされたのが代々の皇帝を祀った廟だというから、皇帝直々に副葬品の確認をしなければならず、さらに先祖に祈りを捧げて鎮めなければならないのだとか。どう考えてもクリストフ様を帝都から遠ざける口実だろう。
(クリストフ様は、狙いがご自身か、私か、五分五分だとおっしゃっていたけれど)
 結果として、私がこうして捕まっているのだから、狙いはこちらだったのだろう。

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