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【2話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

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「お着替えの前に身体を拭いたほうがよろしいですね。すぐに用意いたします」
「サンドラ、わざわざお湯を用意しなくてもいいわ。だって、今日はみんな忙しい日でしょう?」
「しかし……」
「それに、冷たい水のほうがしゃきっと心も引き締まると思うの」
「……かしこまりました。お嬢様がそうおっしゃるのでしたら」
 すぐに用意してくると言い置いて部屋を出ていくサンドラを見送り、私はのそのそとベッドから降りた。いつもならサンドラが開けてくれるカーテンを自分で開けると、清々しい青空……ではなく、やたらと灰色の雲の多いどんよりとした空が広がっていた。
「嫌ね、せっかくのパーティーなのに」
 今日は隣国からやって来ている視察団の歓迎パーティーが王城で催されることになっている。我が国で権勢を誇る一部の高位貴族など限られた面々しか出席できないのだが、なんと我が家も、そして私の婚約者の家も招かれているのだ。ただし、権威によるものではない。ただ単に隣国と共同で進められている街道敷設事業に関わっているという理由からだ。街道敷設、あぁ、なんて地道で堅実な響きだろう。父や兄はあれこれ頭を悩ませているようだけど、大きな馬車が余裕で通れる広い道を敷設し、それが商人たちの行き来を楽なものにすることで、両国の経済的な結びつきも深まり、互いに発展をするその礎になる素晴らしい事業だ。地味だなんて言ってはいけない。
「大丈夫よ……、ちょっとパーティーに顔を出すだけだもの」
 窓の外を眺めながら、自分を元気づける。けれど、この灰色の空が、まるで夢の中で見た空と同じ色彩いろに見えて仕方なかった。

◆―――――――◆―――――――◆

「今日も一段と素敵ですね、カティア嬢」
「ありがとうございます。ハンネス様も格好いいですわ。そのチーフは、あのエッシャー工房のではありませんの?」
「いやぁ、目ざといですね。先日、付き合いで購入することになりまして……」
 私の婚約者であるハンネス・レーマン様は、決してやり手でもないし、見目が麗しいわけでもないし、とにかく善良な方だ。ありふれた黒髪を綺麗に撫でつけていて、焦茶の瞳を優しげに細めて、私が緊張しないように囁くような小さい声での雑談に応じてくれている。先程話題にした有名な工房のチーフだって、仕事上の付き合いとかその場のノリで買うことになったんだろう。そこでもう一歩踏み込んで、婚約者のために小物でも買ってくれていたら良かったのだろうけど、有名な工房だけにお値段もそれなりに張る。そこで散財しない堅実さを私は好ましいと思っているので、別に腹も立たない。ちょっと残念に思うぐらいが丁度いいのだ。
「ハンネス様は、隣国の方々とお仕事をなさることも多いのでしょう? やっぱり文化の違いとか大きかったりしますの?」
「そこまでの違いはありませんね。ただ、あちらのトップ――皇帝陛下はまだお若いですから、ぐいぐいと国を引っ張っているエネルギーを感じることは多いですね」
「そうなんですの? 国のトップが違うだけで変わるものなんですのね」
 大広間に集められた我が国の貴族たちを見ながら、そっとため息をつく。何度も夢に見る悪女ソーニャでさえ、王太子の婚約者という立場上、周辺国の情報は頭に叩き込んでいた。だというのに、今のこの国は貴族令嬢がそういったことを勉強することをあまり歓迎しない。女はいつも笑顔を湛えて伴侶を癒し、子を生せばそれでいいという風潮なのだ。だから私は、何も知らないフリをする。
――――ヴィンドボナ帝国。我が国の西に隣接するこの大国は、私が幼い頃は不正と賄賂に満ちていたのだそうだ。円熟した国の体制にあぐらをかいた貴族たちが、私腹を肥やすべく様々な手段で富と財を吸い上げていて、重税にあえぐ民も多かったのだとか。それを大きく変えたのが当時皇太子だった現皇帝クリストフだった。若さゆえか癒着や不正を嫌い、皇太子時代に腐った貴族を粛清して粛清して粛清して……ついたあだ名が『冷血皇帝』。そりゃ自分の祖父にあたる貴族まで断罪してれば、冷血と言われるでしょうよ。
 そんな冷血皇帝のおかげで風通しがよくなった隣国は、疲弊した国力を回復すべく様々な事業に乗り出している。もちろん、うちの国と共同で進めている街道敷設事業もその一つだ。大規模な費用の元手は粛清した貴族の溜め込んでいた財だとか噂されているけれど、経済が回るなら良い使い方だと私は思う。
「カティア嬢?」
「ごめんなさい、少し考え事をしていましたの。主賓はまだなのかしらって」
「そうですね。少し、予定から遅れているようですが……あぁ、いらっしゃるようですよ」
 忙しなく動いている城勤めの侍従や給仕の様子に、ハンネス様が大広間の奥の扉に視線を向けるよう言ってきた。私よりもずっとこういう場に慣れているハンネス様が言うのなら間違いないんだろう。後で、その判断のポイントを聞いてみたいのだけど、嫌な顔をされてしまうだろうか? そういうことは男性に任せなさい、とか何とか。

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