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【12話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

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「勉強のほうは何とかなりそうなの?」
「中身を確認してみたけど、これまで全く知識を入れていないわけじゃないから……」
 王家からずっしりと重い紙束が届いたのは、皇帝陛下――クリストフ様と直にお会いした翌日のことだった。おそらく外交上最低限の知識を紙に書き出したのだろう。我が国の歴史書をざっくりまとめたものから、各地域の特産物の一覧、高位貴族の中でも国の中枢に関わるメンバーの血筋と簡単な家族構成などなど、できる限り頭に詰め込んでおけとばかりに渡されたのだ。もし、私がこの国で模範的な令嬢であったなら、苦行だったに違いない。政治や経済に首を突っ込まず、ひたすら家で良き妻良き母であれというのがよしとされるのだから。
(まぁ、既に知ってる情報も多いし、興味深い情報も多いからむしろ楽しいんだけど)
 前世という下地があったせいか、どうにもこの国の貴族令嬢の扱いにしっくりいってなくて、お母様に頼んで跡継ぎであるお兄様の勉強に同席させてもらったり、お父様の書斎から本をこっそり借りて読んだりと、密かに勉強はしていたのだ。しかし、どれだけ土地や市井の生活や周辺国との関係などの情報を集めても、それを人前で披露する機会がなければ何の意味もない。貴族の令嬢として生まれただけで血と縁を繋ぐためだけの存在として軽んじられ、婚約者に対して何かを進言することさえためらわれた。それでも情報は糧になると信じて続けてきた。まさか、それがこんなことで出番ができるとは思わなかったけど。
「……ねぇ、お母様」
 前世のことを思い出し、私はお気に入りのブラウスを畳む手を止めて、ぽつり、と呟くように尋ねた。
「私が悪女になっちゃったら、どうしよう」
 お母様が持たせてくれるアクセサリーを選んでいた手を止めて、私の方を向いてくれたのが視界の端に映る。
「だって、前世みたいに同じ国内だったら、家にこもるなり、行き場所はあったと思うの。でも、別の国に行ってしまったら、逃げ場所なんて――――」
「ならないわ」
 お母様の声に、私は俯いていた顔を上げた。
「常にそれを心配しているカティアは、絶対に悪女になんてならないわ」
「お母様……」
「むしろ、心配なのは向こうの情勢よ。皇帝陛下は散々恨みを買っているでしょうし、その復讐の矛先がカティアに向かうことがあるかもしれないでしょ?」
「でも、皇帝陛下は守ると言ってくださったわ」
「当然よ。攫うように連れていくのだから、守ってもらわなくては困るわ」
 お母様は清々しいほどにきっぱりと断言した。けれど、すぐに表情を曇らせる。
「でも、たとえ当人が守るとおっしゃっていても、どうにもならない状況というのもあるものよ」
 そう言うと、「待っていなさい」と告げて部屋を出て行く。
 残された私は母の口にした「どうにもならない状況」について考えた。
 前世、王太子妃になるための教育の一環として、夫が不在の心得を学んだ。不在というのは外遊など一時的な不在はもちろん、死別も含まれる。国の顔としてどう決断し、振る舞うべきかという精神論の話だった。
 そしてもう一つ、最悪の天秤についても学ばされた。権力欲に踊らされるのは何も本人だけじゃない。その親族だって同じことだ。だから、いざというときに何を優先するのか。国のためには害となる親族も断罪すべきだの、国と自身を秤にかければ、もちろん国のほうが重いだの。前世の『あたくし』はそんなことが起こるわけはないと軽く考えていたが、今こうして冷静になって考えてみると、いざというときに迷わないために、平時から心の準備をしておくべき問題なんだと自覚させられる。
 うんうん唸って考え込んでいると、お母様が戻ってきた。手には何やら古い木箱を持っている。
「私がこの家に嫁ぐときに持たされた物よ。カティアが持って行きなさい」
 手垢で少し黒くなった箱を受け取り、そっと開けてみる。
「これは……短剣、ですか?」
「いざというときに身を守れるように、あとは、さやの装飾は逃亡資金ね」
 確かに鞘にいくつも宝石が埋め込まれていて、一粒一粒はそれほど価値の高いものではなさそうだけれど、何しろ数が多い。換金することを考えたら、こういうもののほうが融通が利くのかもしれない。
「お祖父様から……」
「そうね。最初渡されたときは、これで夫を殺害しろという話かと思って青ざめたわ」
「さすがにお祖父様でもそこまでは……たぶん」
 もはや天の上の人だけれど、お祖父様は厳格な方だった。大きな戦に出たときに負った顔の傷が、それはもう恐ろしく見えて子供心に泣きそうになったものだった。あと、お父様を毛嫌いしてたっけ。おそらく、娘であるお母様を溺愛してたから、その裏返しの感情なのだろうけれど。
「お祖父様は結婚に反対していたけれど、嫁ぐと決まったら、骨を埋める覚悟で二度と戻ってくるなとも言っていたわ。でも、逆にいつ帰ってきてもいいと、こうしてわかりにくい意思表示をしてくれる人だったの」

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