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【10話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

作品詳細

「――――昨晩、持っていた扇について聞いても?」
「え? えぇ」
 思ってもみない質問に、私はどもってしまう。みっともないところを見せてしまったと思うが、突然変な質問をするのはやめて欲しい。こちらの心の準備ができない。
「あの扇は母からの贈り物ですの。社交界にデビューするにあたり、必要ということであつらえてもらったものですわ」
 あの頃はまだ、前世の記憶との折り合いをつけられていなくて、いっそのこと社交界に出なければ悪女になることもないのでは、と駄々をこねた記憶がある。もちろん、めちゃくちゃ怒られたけれど。
「扇は意思表示をするのに大事な相棒のようなものだから、とデザインから私の意見を取り入れてくださったものなのです」
 当時を思い出して、ちょっぴり遠い目になる。
(社交界に出ない。あんな悪女になったら、お家取り潰しは間違いない。もういっそのこと修道院に行く。……そんなふうにお母様と毎日のように言い合いをしていたっけ)
 私があまりに頑固なものだから、それならいっそのこと、「前世の自分を反面教師になさい!」って叱られたのよね。お母様があれだけ声を荒げることなんて、そうそうなかったから驚いてしまったわ。
「扇の房についた飾りも、そなたの要望か?」
 ドキリ、とさせられた。まるでちょうど思っていたことを言い当てられたようで、まさか皇帝陛下に読心術でもあるんじゃないかという気持ちで、おそるおそる彼の顔を窺う。足は自然と止まってしまっていた。
「そ、うですわ。私の刺繍したものですの」
 おかしいな。不自然になっていないだろうか。何事もなかったかのように再び足を動かそうとした私を、今度は皇帝陛下が押しとどめた。
「そうか、女性が使うには厳めしいモチーフにも思えるが……『鍵喰らう蛇』は」
「な……んで」
 みっともなく唇が震える。デザインとしては邪道に見られるかもしれないという職人の反対を押し切り、刺繍で作った飾りを扇の房に付けたのは私とお母様の判断だ。扇を扱う動きを阻害しないように丸で切り取られ表裏を縫い合わせたその飾りには、交差した鍵に巻き付く双頭の蛇が精緻に刺繍されている。前世で「ソーニャ・ファシング」が何度も刺したことのあるそのモチーフはしっかり身に染みついていたようで、驚くほどすんなり刺すことができた。――――それは、ファシング家の紋章だった。扇を開閉するときや持ち替えるときに、揺れる飾りはどうしても視界に入る。嫌でも前世の自分を思い出して、愚かな行為をする前に踏みとどまれるように、と考えたのだ。
「あぁ、やはりあれは『鍵喰らう蛇』なのだな」
 確信を込めて呟く皇帝陛下の声に、私は思わず後ずさった。もちろん、逃げられるとは思っていない。何しろ手は彼に取られたままなのだから。
「……ソーニャ?」
 皇帝陛下の声でその名前を呼ばれ、私はへなへなとその場に座り込んでしまった。無意識ながら、首を横に振る。
(違う。あれは私じゃない……)
 私はああはならない。今度こそ、平凡な、平穏な人生を――――
「あぁ、すまない。こちらの気が急いたな」
 ふわり、と身体が浮いた。何が起きたのか確認した途端、沈んでいた気持ちが一気に吹っ飛んだ。
「ふぇっ!? こ、皇帝陛下!?」
「クリストフ、だ」
「いえ、そうではなくて、あの、歩けます」
 突然、抱き上げられて慌てる私に、皇帝陛下は有無を言わせず歩き出した。スタスタと小道の先に設けられた東屋に向かうと、そのベンチに私を座らせる。
「いきなり混乱させたようだが、余も確証があったわけではない。……だが、本当にソーニャ、なのか」
 頷いてしまっていいものだろうか、と私は困ってしまった。お母様は前世という言葉を使ったけれど、夢で見る一連の記憶が私の妄想でないという証拠はない。何より、本当にソーニャ・ファシングとしての前世の記憶があの夢を見せていたのだとしたら、そして、皇帝陛下がソーニャのことを知る誰かだとしたら……
(恨まれる覚えしかない……!)
 もしかして前世の復讐とか? 思い当たるふしがあり過ぎて困る! だって、同じ派閥の令嬢にだって、擦り寄り方が気に食わないとかいう謎な理由で叱責してたじゃない! 前世の記憶すべてを夢で見たわけじゃないけれど、残念なことに恨まれそうなことしかしてないし!
「あ、あのっ、ソーニャは確かにやりたい放題だったかもしれませんけれど、それは今の私とは一切合切関係のないことですし、そもそも私はあんな傲慢な振る舞いができる地位にもなければ、ああいうことは絶対してはいけないと思っているわけで――――!」
 とりあえず謝ろう! 先に謝ったほうがいいやつだこれ! とばかりに頭を下げた私は、何故か隣に座った皇帝陛下に抱きしめられた。
「……神よ」
 小さく呟かれた祈りの言葉に、私の胸が締め付けられる。それほど、切ない響きをしていたのだ。とても冷血皇帝の口からこぼれ出た声とは思えない程に。

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