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【1話】無慈悲な皇帝の行き過ぎた純愛~前世は断罪された悪女でした~

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「ソーニャ・ファシング。貴女との婚約は破棄することとなった」
 凍り付いた表情で淡々と言い放つのは、太陽のように光り輝く金色の髪と、夜明け前の空のごとき濃藍の瞳を持つ白皙はくせきの青年――いや、回りくどく言うのはやめよう、あたくしの婚約者であるコルネリウス・イヴァルー王太子殿下その人だった。
「な、にを……突然、おっしゃるの?」
 投げつけられた言葉の理解を拒み、あたくしは震える声で聞き返した。
「父上から貴女の父――ファシング侯爵へも通達がされている頃だろう。これは既に決定事項だ」
 冷徹な眼差しであたくしを睨み付けたコルネリウス殿下は、話はこれで終わりとばかりに踵を返した。
「お、お待ちくださいませ! 理由を! 理由をお聞かせくださいませ!」
 立ち止まって振り向いてくれたことに喜ぶのもつかの間、あたくしは殿下のその表情に震えた。見たこともないほどに嫌悪を露わにしていたのだ。
「理由だと? それは貴女自身がよく知っているだろうに」
「……なんですって?」
「王太子の婚約者であることを鼻にかけ、様々な者を貶めたこと、私が気付いていないとでも思っていたか?」
「っ! そんな……」
「あちらこちらで散財していることも知っている。金遣いが荒く高慢な妻など、我が王家には必要ない。貴女の父もそれをいさめるどころか推奨していると聞くしな」
「待って! お待ちください、コルネリウス殿下!」
 今度はもう、殿下は立ち止まってもくれなかった。部屋を去り際に「公の場で断罪されなかっただけ、ありがたいと思うのだな」という侮蔑の言葉を吐き捨てて。
「どうして……」
 あたくしの言葉は、殿下には届かなかった。王妃となるべく施された教育も、あれだけ無理矢理詰め込まれたのに全て無駄になった。
「あ、あぁ……」
 膝をつき、床にうずくまる。視界が自分の灰銀の髪で覆われる。侍女に整わせた髪は、いつもと変わらぬ輝きを保っていたけれど、あたくしの心はもはや光を望めなかった。
 一人残された城の一室で、あたくしの嗚咽だけが部屋に響いていた。

――――という夢を見た。
「……また、あの夢」
 私はこめかみのあたりに張り付いた髪を指先ではがす。この悪夢を見た朝は必ずと言っていいほど酷い汗をかいている。今回だって例外じゃない。早鐘を打つ心臓をそっと手で押さえ、大丈夫だから落ち着けと自分を宥める。そして、視界に入ったココアブラウンの髪に安堵のため息を吐いた。そう、違う。
「あれは、私、じゃない」
 自分ではない誰かの歩んだ人生を、いつの頃からか私は夢で追体験するようになっていた。最初の頃は、よくある悪夢だと思っていたのに、それを連続して見るようになると、さすがに自分の頭がおかしいのだと本気で疑うようになった。様子がおかしいことに気付いてくれた母がいなければ、きっと私は家に引きこもっていたに違いない。
『遠い東の国には「前世」という考え方があるらしいの。もしかしたら、カティアが見たのは前世の貴女の記憶かもしれないわね』
 自分の頭がおかしいのかもしれないと止まらない涙を拭いながら嘆く私に対して、あちこち文献をひっくり返して説明してくれた母には、感謝してもし足りない。
『お母様、それなら、私は前世でひどい女だったのです。それこそ、婚約者であった王太子殿下から憎々しげな眼差しで睨みつけられるほどに』
『それはカティアであってカティアではないわ。それに、その前世の女性を誰よりも知るカティアなら、その女性のようなひどい女にはならないでしょう?』
 母のその言葉で、まだ幼い私は、決してあんな女にはならない、と誓いを立てた。
 前世のソーニャ・ファシングという令嬢は、自分が一番でなければ気が済まない女だった。王太子の婚約者になれたのをいいことに、金に糸目をつけずに装飾品やドレスを買い漁り、自分のいない所で王太子に近付く女性をことごとく泥棒猫と決めつけて様々な手段で排除し、自分の我儘を許容してくれた侍女たちも使い潰した。最終的には嫌気が差した王家に婚約破棄されたけれど、あんな女と婚約していた王太子が不憫だと思う。
 前世を反面教師にした私は、頂点を目指すなんて恐れ多いことは考えず、身の丈に合った幸せで満足し、安定した生活を望むのが一番だという考えに落ち着いたのだ。現に、私の婚約者は良くも悪くも凡庸な人で、優秀過ぎず真面目で堅実な考え方をする人だ。あぁ、堅実。なんて良い響きだろう。
「お嬢様、お目覚めですか?」
「えぇ、開けてもいいわよ」
 私の許可に入ってきたのは、子どもの頃から私についてくれている侍女のサンドラだ。十も年上の彼女にはもう二歳の娘がいる。
「本日のパーティーは久しぶりに婚約者のハンネス様のエスコートで出席なさるのですから、腕によりをかけて……あら」
 サンドラはベッドから上体を起こしたままの私を見て、目を見開いた。
「もしかして、また……ですか」
「そうなの、またなの」
 サンドラは、私が夢を見始めた頃から側についている古参の侍女だ。起き抜けに汗をびっしょりとかいている私を見て、すぐにそうだと分かってくれたのだろう。本当にありがたい。

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